注目の投稿

『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

26年

週末、26年ぶりにTさんと会った

そもそも今回の再会のきっかけは昨年末に開催された高校の同窓会
同窓会(同期会)の案内が届いたとき、ちょうど飼い猫(上の黒猫)の闘病末期でいつ看取りが必要になるか分からない時期だった
猫の看取りを優先したかったこと、仕事も詰まりはじめていたこと、某市議をやっているM氏と顔を合わせたくなかったことetc.
同期のグループLINEにだけ登録して欠席した

同期グループLINEの参加者にTさんの名前を見つけたとき、ただただ懐かしかった
中学・高校と6年間同じ学校で過ごしたが、同じクラスになったことは一度もなかった
接点は中学時代の剣道部だけ
彼女が私にどういった感情を持っていたかは知る由もないが、私はずっと畏怖に近い何かを感じていた
同じ一人っ子で、剣道を中学から始めた点も同じ、中学1年時点の背の低さも同じくらいだったが、勉強の出来は彼女の方が良かった(中学3年間で彼女はぐんぐん背が伸びて私は置いてきぼりをくらった)
人とのコミュニケーションの取り方もスマートで、人付き合いも上手かつ丁寧
嫉妬を覚えることすらできないほど、彼女は欠点の無い完璧な人間に見えていた
そんな彼女とは高校の卒業式を最後にずっと会っていなかった
人生で重なる時期もあれば離れる時期もある
26年間は離れる時期だったのだと思う
今回、私の方から彼女に連絡をとった
彼女が仕事勤めの傍らコーチングも行っていると知ったからだ

話は変わるが、私の担当しているお客様にコンサルタントをされている方がいる
その方が以前うちの事務所のHP投書欄にこのように書かれていた
「経営上の問題解決も現場がその気にならなければ絵に描いた餅」
「現場がその気になる手法として、コーチングやKJ法、ファシリテーション…(後略)」
私は一従業員にすぎないので「経営上の問題解決」などできるわけではない
だが、いま事務所内に大きな不協和音が響いていることやそれが人材不足に拍車をかけている点に心を痛めている
ならば自分ができることをできる範囲でやらなければいけないだろう
(それが経営陣の不興を買うならば、そのときはそのときだ)
コーチングで何ができるのか、調べてみても今一つよく分からなかった
ならばその道のプロに聞いた方が早いと思いTさんに連絡を取ったのだ

26年ぶりに会った彼女は歳を重ねた以外、何も変わっていなかった
もちろん今の仕事・勤め先でのポジション等で色々と人生分の❝重み❞は増していると感じたが、シルエットも話し方も凛とした佇まいも昔のままだった
食事をしながら4時間近く
26年間何をしてきたのか、お互いの業界の状況、人手不足に対する愚痴、社会・政策について思うところ等々
うちの事務所の状況も、私の見えている範囲のことを話した

彼女の行っているコーチングはトラストコーチング
どういった事を目的とするのか聞きながら、ひとまず私が受けてみて体験するべきだと思った
それが事務所にとってプラスになるかどうかは分からない
それでも今の状況を少しでも変えていくために役に立つのならば、やってみる価値はある

コーチングの開始は6月下旬
手持ちの仕事のピークが5月末から6月上旬に来ると想定しての日程
それまでに事務所の状況と私の心身が崩壊しないことを願いながら

0 件のコメント:

コメントを投稿