母方の祖父は高知に生まれ、高等小学校卒業後に東京の親戚の家の養子となった
サクラ大戦の主人公・大神一郎と同い年の明治36年(1903年)生まれ
親戚の家は活動弁士で、旧制中学を出してもらい大学にも入れてもらった
そのため学歴だけ見ると祖父は立派な人物のように思える
東京開成中学(現開成高校)卒業から早稲田大学英文学科中退、なのだから
ただし
なぜ早稲田を中退することになったか、が問題で
治安維持法制定前後のあの時代、社会主義運動に足を突っ込んでいたのですよ、うちの祖父は
時代の流れを考えれば、あとの世代から見れば、アホとしか言いようのないことをやった人
当然警察に捕まりまして(東京の水上警察だったらしい)
孫の立場から見ても「頭大丈夫か?」と言いたくなるような無謀さ
地元の名家だったとはいっても没落しつつあり、それ故に彼は養子に出されたわけで
(あと9男4女の末っ子だったので食い扶持減らしの意味も多分にあったと思う)
自身の母方の親戚といっても、彼が養子だったのは間違いないわけで
それで何で社会主義運動に参加した...?
逮捕後、当たり前ですが勘当され、その結果早稲田も中退
高知に“出戻る”ことになったのです
本人も晩年は自身を「癇が強い」と認めていたらしいので、まあそういうことなのでしょう
その祖父が「自分に似ているから気に入らない」と徹底的にきつくあたったのが二番目の伯父
親戚の集まりで見る二番目の伯父はいつも穏やかな笑顔で、私にとっては“威厳があって怖いけどいい伯父さん”
ただし兄弟間での評価は全く違って、母曰く「恐ろしく癇が強い兄」
そして親戚の集まりで伯父達や叔母から散々言われていたことが
「あんたはお父さん(祖父)や昭次郎(二番目の伯父)によう似てる」
いまそれを実感しているところです
自分の後先考えなさ具合は理解していたつもりが
まだまだ甘かった
私の精神のじゃじゃ馬はまだ飼いならせていなかったようです
とはいっても、感情が駄々をこねているだけで、理性は今回の判断を良しとしているので
選んだ道は間違っていないと思います
1年くらい前から何となく予感がしていて
それ故に自分を縛り付けようといろいろ試行錯誤もしたけれど
半年前には「もう誤魔化しきれないかもな」と思い始めて
そしてここ3カ月ほどは限界寸前を行ったり来たりしていたので
今週、次も何も決まらない、決めていないなかで、ボスに退職を申し入れました
アホの孫はアホだったということです
本当に...血は争えないんだなと思います
追記
事務所が嫌になった、仕事が嫌になった、ボスが嫌になった、上長sが嫌になった
そんな理由で退職を申し入れたわけではありません
むしろ私は今の事務所の人達が大好きだし、仕事の内容が大好きだし、お客様も大好きだし、上長sも大好きだし、何よりボスが大好きです
それは何も変わっていません
しかし今の私の「大好き」という感情、そしてその感情から生まれる熱量が、事務所の雰囲気と衝突する未来が見えていた
既に衝突し始めていた
だから辞める道しかなかったのです
社会福祉法人が好きで、宗教法人が好きで、公益法人が好き
そういう私がド変態なのは間違いないでしょう
そして事務所内の大勢を占める「単価が低くて効率の悪いそんなこと(主に社福)やりたくない」空気と、ド変態である私の「大好き」がぶつかりつつあったのです
同じチームの彼女から浴びせられるマイナス感情然り
役職者から言われた「○○さん(私)がそんな事してるから、そんな働き方してるから、みんな社福なんてやりたくなくなるんですよ」という言葉然り
他の人が“効率の良い働き方”を実践してみせてくれるわけでもなく、「社福なんて」「社福なんか」と言われ続ける決算期
自分の中にある公益法人等への想いが大きくなればなるほど、事務所の空気と衝突する未来が近付いてくる恐怖
自分の「大好き」全てを守ろうとしたら、自分が事務所を離れるしかないという結論に至りました
感情は駄々をこね続けています
それでも...この道しかなかったと思います