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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

あと2ヵ月

連日のブログ更新
意図していたわけではなく、昨日はただ怒りに任せての書きなぐりだった
そして今日は意図して、区切りとして書く

この事務所にいられる時間もあと2ヵ月
放っておくと様々な想いが込み上げてきて泣きそうになる
引継書を作っていて、先方とのやりとりを思い出して泣きたくなる
どの法人にも、どの人達に対しても消えない想いがあって
私は、本当にうちの事務所のお客様達が大好きだったんだと痛感する

前にBlueSkyで書いたかもしれないのだけれど...
私がなぜボスを信じられると思うようになったか
それはお客様からボスへの信頼を感じたからだ

企業経営者はシビアだ
孤独だし、その背中には大勢の生活を背負っているし
人生を賭けているし、場合によれば命だって賭けている
そんな経営者達が、それも長年経営やっている人達が、あそこまでボスを信頼している
だから私はボスを信じられると思った

私は自分の人を見る目の無さは自覚してて
だから自分の判断をあてにしていない
でも、これだけの数の経営者が頼るってことは信じていいだろう、と思った
そして今、やっぱり経営者達の目は確かなんだなと思っている

私が引継ぎで手放していった法人の経営者、代表の方々
人だから当然クセはあるけれど、どの人も根はすごく真っ直ぐな人たちで
イラっとすることがあっても、でもすぐ流せる程度のことばかりで
そういう人達がお客様として集まっていること自体が凄いこと
きっとボスの人柄や“人徳”のなせる業なのだろう
(現パートナーの1人が、かつてボスをそう評していた)

ボスのいる世界、見ている世界は、私には到底たどり着けない世界で
それでも、自分もこれからの人生で自分を磨き続ければ、もしかしたら少しは近付けるかもしれないと思わせてくれる不思議な存在
その姿を近くで見られるのもあとわずかだ
あの真っ直ぐな背中を後ろから追いかけられるのもあとわずか

本当ならばもっとずっと見ていたかった
背中を追いかけて、仰ぎ見ていたかった
自分からその関係を手放した人間が言って良いことではないのだけれど

「もしもあの日に戻れたとしても 同じ道を辿ったことだろう」
いつかそう言って笑える日が来るように
選んだ道が正解だったと言えるようにするしかない

これから2ヵ月
(もしかしたら退職してからも)
たぶん毎日半ベソかきながら過ごすんだろう
泣きながらでも進むしかない
その先に小さな夢が叶う日が来ると信じて