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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

敬老の日

今日は敬老の日
昼過ぎから母の用事をいくつか済ませた
この家に残っていた母の荷物を運んだり、前の家に置いたままだった私の荷物を持って来たり
前の家の家具の配置について母の希望に合うよう多少は動かしたり

それから
今の事務所を辞めることを伝えてきた
かなり驚いていた
母も私がずっと今の事務所で働き続けると思っていたから
母はボスのことを(私からのまた聞きのはずなのに)私以上に評価して信頼してたから
だからそれなりにショックを受けていた
「いまのとこで来年にでも税理士登録するんやと思ってた」と言われた

そりゃあね
私自身がそのつもりだったから
母と別居した今年の2月頃、うちの事務所でずっと働くと信じて疑わなかったから
5月の限界が来なければ、たぶんずっと働いてただろうから
(何度でも書くけれども私の退職理由はボスじゃないし上長sじゃない)
(社福チームの特定の誰かさんの言動だし、社福チーム外役員からの心無い言葉で気持ちが完全に折れたのが原因)
(そしてそれを私は隠していない)
(原因を聞いてきたパートさん達には詳細を話してあるし、エージェントにも面接先にも伝えてあること)
(外部からは「そういった言動を抑えられない上が悪い」と言われたけれど、2人とも上がどうこうして抑えられるようなタマじゃないと思ってるから、私は上の人達にどうとも思わない)

思い出せば腹が立つし悔しいから、普段は考えないようにしているけれど
正直「馬鹿らしい」とは思う
なぜ私が事務所を去らなければならないのか…という思いは拭えない
でも同時に、私がこの事務所に対してできる限りのことはしたな、とも思う
事務所内の人間関係が壊れないように、多くの人が潰れないように、自分なりにできることはやりきった1年7カ月だったな、と
それはただの自己満足でしかなかったのだし、それこそ役員の彼からは「ありがた迷惑なんだ」的な発言も直接ぶつけられたので
(その結果、私は5月下旬にかなりヤバい状況にまで追い込まれたから)
私が去るのは事務所にとってきっと良いことなのだ、そう納得させようとしている
私が去ることでうちの事務所と社福チームはきっと素晴らしいものになるのだ、と
そう自分にいい聞かせている

先日ランチをともにした前チームリーダーからこう言われた
「辞めたら他人だから、気にしたって仕方が無いよ」と
「考えたって仕方ないでしょ、もう他人なのに」と
そう割り切れたら良いのだろうけれど、私には難しい
でも今の“憎しみ”を抱え続けるのも不毛だと思う
彼女にしろ彼にしろ、あの生き方やあの言動を変えるはずもないのだし
変わろうが変わるまいが、私の人生には何の影響もない人たちなのだし
だったら事務所ごと“他人”と思ってしまえば楽なのだろう
そう思えれば楽なのだろう

それでも...
出会えたことに感謝したい人たちがいることも確かで
この縁を失いたくないと思える人たちがいるのも確かで
だから上手く割り切れない
それくらい大切な人だから

結局母には上手く理由を説明できなかった
なぜ今の事務所を辞めるのか
何がそうさせたのか
社福チームのこと、言われた言葉、いろいろ話したけれど、まだ自分自身を納得させられていないから

母が最後まで心配したのは税理士登録のことと今後の働き方
親は親なのだなと思う
お返しは本当にささやかなごはんだったけど、少しだけは敬老の日らしいことをできたかな