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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

2026年11月7日土曜日

やっと…

ようやく『冬の喝采』を読み終えた
紹介してもらってから、読み終えるまでにかなり時間がかかった
紹介してもらえなければ、読むことなく終えてしまっていたであろう本
読んでよかったと思う

私はこれまでほとんど私小説を読んだことがなかった
他人の人生を読んでもつまらないと思っていたし、この考えはいまも基本的に変わらない
でもこの本は違った

感情描写のどこまでが、当時本当に思ったことなのか分からないけれど
それでも、あれだけ怪我を繰り返せば恨み辛みも当然出てくるよな、と思うし
中村監督への冷めた視線と温かな想いと、その2つが絡み合っていて
人が他人に対して何をどう思うか、はいつだって複雑なんだけど
その複雑さが本当に丁寧に描かれているなと思った

上巻に書かれていた、中村監督から新入生である金山選手への手紙
あの言葉を読んで、そして何度も著者が手紙について言及していた点も含めて、私はボスを思い出した
かなり長いけれど引用する

“何よりも走ることが好きであることが、貴君の一番の美点だ。この冬までに5,000メートルは15分10秒以内、1万メートルは31分そこそこで走れるのではなかろうか。フォームといい欠点だらけである。それだけ進歩する可能性がたくさん残されています。腰が前屈している。そのため膝が上がらない。膝が上がらぬと、重心が高く保てません。強いキックが得られぬので、スピードに乗りません。横から見ると、腰が引けていて、熊が歩いているようだ。今後、特訓をやり、この欠点を改めましょう。欠点が改められたら、急速に5,000、1万の記録が向上します。現在の熱意が今後何年続くか、興味のある所です。なんとしても5,000を14分台、1万を30分台に入るよう、全力を尽くしてください。貴君が走っているのを見ると、昔からどのように練習をしてきたかがよく分かる。気の毒なほど泥臭いフォームである。しかし、貴君の練習全部に表裏がない、一生懸命そのものである。神様は見えないが、もしこの世におられるなら、最後は立派なWのマークを付けた、早稲田の中堅選手に育てて呉れるでしょう。同好会出身の半端選手でも努力して、名門早稲田の選手を打ち負かしてください。練習は、泣く泣くやるものではなく、歓喜力行すべきものです。どのくらい喜び、そして求める心があるかが、強くなる命である”
(『冬の喝采 運命の箱根駅伝(上)』より)

私はこの業界に入ったのが本当に遅くて
初めて税理士試験を受けたのが29歳
途中大きな回り道もして、全く試験を受けなかった時期も数年あって
官報合格が38歳
そしてそれからもまた業界を離れていた時期があって、いまこの歳で登録しようとしている
その意味で、私は本当に“半端”な人間で
そんな私でも、一生懸命仕事に向き合えば事務所の力になれると教えてくれたのがボスだった

ボスは中村監督のようにキレ散らかす人ではなく
かなり温厚というか、穏やかというか
でもたまに眼光鋭くなるときがあって
それが分かっているだけに、決算報告などはいつも怖かった
そしてボスから何か指摘されるとその指摘はいつも的を射ていて、あとから悔しさのあまり内心のた打ち回っていた

いまでも、拾ってもらったこと、育ててもらったこと、仕事を任せてもらったこと、ずっと感謝しているし
だからこそ、ずっと申し訳なさがある



話を戻す
著者の人生は確かに、普通には無いような数奇な“運命”に導かれているけれど
この本の魅力はそんなレア度によるものではなく
どんな人の心のなかにも生まれてくる葛藤や苦しみ、ちょっとした優越感や誇りを、細かく丁寧に描写したところなんだろうなと
私はそう感じた

わかったこと

昨日の訪問でよくわかった
私は会計を目的にしたいんじゃない
会計や税務を使って、お客様の困りごとを解決していく手助けがしたいんだ、と

昨日一日、人間関係での気疲れもあったけれど
お客様が求めているように思えることと、事務所がやることのズレを感じてしまって
それがキツかった

会計的な、見栄え的な“正しさ”を求めることが、この事務所の目的であり仕事の仕方なのだな、と感じられて
(もしかしたら公益マネージャーだけの仕事の仕方かもしれないから、まだ保留しておくけど)
正しさとは別のところにあるお客様の不安や困りごと、悩みを聞くことは後回しで
あからさまに“聞いてるだけ”の態度で
それがとにかくキツかった

もう2年くらい前になるだろうか
ボスと前のチームリーダー(社福に関する私の親鳥みたいな人)から、それぞれ別にではあったけど、似たようなことを聞いた
2人とも「監査の仕事が向いていなかった」と言った
その話を聞いたとき、私は「“監査の仕事” is なに?」としか思わなかった
2人は口々に「お客さんの役に立てる仕事の方が向いてる」と言っていたけれど、「監査の仕事もお客さんの役に立つんじゃないの?」程度に考えていた

昨日の出来事があって、私のなかでいまの事務所への違和感の理由が見えてきた
前の事務所では、会計処理や税務申告で正しさを求めることは当然として、その上に付加価値として何を乗せていけるのか?を考えることができた
それを許してくれる事務所だった

いまの事務所(少なくとも公益マネージャー)は違う
これまでと同じ作業をAIにやらせれば、その分顧客数を増やして回転を上げられる、と
既存顧客に対するサービスはこれまで通り正しい決算書と正しい申告
以上終わり、と
だから「この業界、この仕事はいずれ、10年もしたらAIに淘汰されて無くなるわ」と断言する
自説に凝り固まって他の仕事の仕方を考えようともしない
反論を許さない空気で



私は何ヶ月耐えられるだろうか?
少なくとも次の決算はちゃんと終えなければいけない
できれば、この事務所で2回は決算を終えたいのだけれど
その間に社福の実務検定でマイスターを取りたいし、公益も資格を取ってアピールポイントを増やしておきたいから

昔うつを患ったとき、目と鼻の先にあった精神科医にお世話になった
そのとき先生(母曰く“嗣ちゃん”)が言ってくれた言葉を思い出す
「山登りと一緒やで。山頂を見て“あんなにも遠い”と思ったら心が折れるけど、足元を見て一歩一歩進んでいったら、いつの間にか山頂に辿り着くんやから」と
回復を焦るな、目の前のことだけに集中しろ、と

仕事も同じなんだろう
そう思ってこれからを過ごすしかない