(巻き込んだうちのチームリーダーごめん…)
うちの事務所はいろいろと細かいローカルルールが多い
各人別のローカルルールなのか、それとも事務所全体のローカルルールなのかも分からない
長くいる人たちは平気で「これがうちの事務所のルールよ」と言うけれど、でも更に長くいる人に聞いたら「それね、前は無かったけどいつの間にかできたの」とか言われたりする
つまり新しく入った人間にとって、ローカルルールを身につけるだけでかなりメンタル削られる
1回1回は大したことなくても、溜まってくるとかなり削られる
言いたくはないが伏魔殿だ
それでいて、新しく入った人間に誰かが教えるような仕組みもない
教えていくのはあくまでもそこにいるメンバーの善意と、仕事を回すための要請からだ
かつてはメンター制があったらしいのだが、それをやめて久しく、そして長くいる人というのはメンター制時代に居着いた人達のようだ
(なんたる不条理)
そして「Qが無ければAは無い」という言葉を金科玉条のように振りかざす
つまり、分からない側から聞かなければいけない、のだと
聞かれなかったから教えなかっただけで、教える仕組みを作らなかった側には落ち度はない、らしい
(クソったれだ)
(毛語録でも掲げて「造反有理」とか言っとけ、マジで)
久方ぶりに宮城県の副委員長と喧嘩したときのことを思い出した
「我々は前衛であり、それは科学的に証明された事実だ」
「前衛政党の党員として、後衛たる民衆を啓蒙しなければならない」
いま思い出しても腹が立つ言葉だけど
「教条主義とはこういうものか…」と思ってちゃんと噛み付いた18歳の自分を今なら褒めてやりたい
(あの頃は絶望してたけどな)
20代の子たちがまだいた頃
何度か事務所内の業務改善目当ての全体打合せが開かれた
そこで入って1年未満の20代組+私が、いろいろ細かいながらも不便を感じてることを伝えたことがあった
結果はどうなったか?
長くいる人たちから「それってそんなに不便?」「別によくない?」「郷に入れば郷に従え」「みんなにとって良くなるなんてことないねんから、今のままでええやん」と
あのときも強く思った
「だったら聞くなよ…自分たちにとって都合の良い話を聞きたいだけなら、わざわざみんなの時間を押さえてまでこんな会議開く意味ないだろ」って
今日は(そして先月のグループ面談でも)あの頃のことを、2年ほど前のことを思い出した
私はあのとき「変えてほしい」と言った側の唯一の生き残りだった
そしてその私も再来月には消える
こうやってこの事務所は続いていくのだろう
本当に片思いだったな…私
人生初の大失恋だ
追記
この間も書いたように、最近拓郎をよく聴く
『僕の人生の今は何章目くらいだろう』
「グロースの翼」でウルフルズバージョンがかかっていて、あれも好きなんだけど
私は大学のときに聴いてた拓郎バージョンの方が好きで
どうしても父を思い出すことが増えた
父の生まれ故郷も今回の地震で大きな揺れがあったらしい
鹿児島県の町名が流れてくる度に、一度も行ったことのない父の生まれ故郷を思い浮かべる
そして…
うちの事務所を辞めていった熊本出身の女の子のことも思い出す
このブログで度々言及してきた20代の女の子と、その熊本出身の女の子は同い年
私は、あの2人をお互いにいがみ合わせるような関係にしてしまった大人として、ずっと申し訳なさを持っている
それぞれが辞めていくとき、2人からお互いに対する気持ちを聞いたから
本当は友達になりたかった、と
貴重な同い年として、もっと違う形が作りたかった、と
もっと優しくなりたかった、と
でもできなかったと
落ち着いたら彼女に連絡する
彼女の大切な人達が無事であることを祈って