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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

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2026年10月26日月曜日

続く訃報

福田康夫が亡くなった
「あなたとは違うんですよ」
引きつった顔で言い放った記者会見が忘れられない
前任者の残した負の遺産(ねじれ国会)に最初から最後まで苦しめられた在任期間だった
しかも後任者は本来福田を支えるべき立場にいたのに…

よく伸晃が「平成の明智光秀」と呼ばれるけど、現副総裁様も大概のことしてたよな

私は清和会が大嫌いで、それはTwitter時代からこのアカウントを見てる人には知られた話
でも福田家はいまいち憎めない政治家一族で
達夫の「僕は何が悪いのかよくわからない」発言もそうなのだけど、素直と言えばいいのかバカ正直と言えばいいのか
「言いたいことはわかるけど、このタイミングは止めとけよ」と思うことを平気で言ってしまう一族

福田康夫は、キャラクターとして愛すべきものを持った政治家だっただけに、すごく残念
“保守”というイメージに合う政治家がまた一人鬼籍に入った



そして、先週、村上龍が亡くなったと報じられた
特別に好きな作家だったわけではないのだけれど
高校・大学の頃、『コインロッカー・ベイビーズ』や『愛と幻想のファシズム』『ラブ&ポップ』『5分後の世界』『希望の国のエクソダス』を読んだ
当時(正確には小学4年の頃から)傾倒していた庵野秀明の影響が大きかった

村上龍の小説は、具体的に記憶しているシーンがあるわけでも、自分の人生に大きな影響を与えたわけでもないのだけれど
でも自分のなかでずっと“小骨が喉に刺さった”ような感覚を残している
娯楽性はない
気持ち良くなれるわけではない
読後感も良くない
強烈に印象に残る何かがあるとも思えない
でも、私が読んだ範囲の話ではあるけれど、彼の作品全体を通して、いまの社会に対する「やりきれなさ」というか「座りの悪さ」や「居心地の悪さ」みたいなものを感じていた
宮城の言葉で言うなら「いずい」のようなものだろうか
それが当時の私の何かと共鳴する部分があった
(おそらくいまでも共鳴するだろうとは思う)
(ただ本を読む時間が取れていないだけで)

今回、村上龍の訃報を伝える記事のいくつかで『希望の国のエクソダス』の一節が紹介されていた
「この国には何でもある…(中略)…だが、希望だけがない」
有名な台詞だ
大学のゼミで玄田有史の本を読んだ
あの頃、玄田有史は希望学を唱え始めていた
『希望の国のエクソダス』の一節を引用しながら
もう20年以上前の話

いまの日本に希望はあるのだろうか?
希望があるのならば、なぜ子ども達はこんなにも自裁するのだろうか
この20年以上の時間は何だったのだろうか
村上龍、そして福田康夫の訃報に接して、そんなことを考えずにはいられない

2026年10月12日月曜日

連休とは

昨夜、ブログ更新したあとに本を読んだ
池井戸潤の『民王』
感想は、なんというか…うん😑
九州選出を四国にしただけじゃねぇか、とか
総理総裁の妻の下調べ足りねぇだろ、とか
政治クラスタ的なツッコミが大量に

アソーさんの奥様は鈴木善幸の娘ですからね?
新人議員だったアソーさんが当時の総理の娘を口説き落としたんですからね?
そんなツッコミを入れたいな、と思いつつ
でもなぁ
福岡政局の台風の目になってるよな、アソーさんちの息子さん、とかツラツラ考えたり
(前から娘さんの方が評判いいとは聞いてたけど)

なんというか
とりあえず読んだ感が

せめてもう少しさ、河村建夫(官房長官)の扱いをマシにしてあげようぜ、とか考えたり
河村のところ、現実の方であまりにも不憫だし
河村家代替わりのタイミングでの林芳正衆転と息子・建一の領地(=選挙区)召し上げ、中国ブロックから北関東ブロックへの強制国替、そしてその後の連続落選とかさ
そういうことを考えちゃうわけですよ、政治クラスタとしては

そんなこんなで昨夜は22時近くまで本を読んでいて
そしてNHKで刑事フォイルが放送されることに気付いてしまい…見てしまった
夜更かし反省してる


今朝は今朝とて朝からシャツにスチーマーあてたり
(ポロシャツ・Tシャツ含めて17枚!)
それとボスからメールの返信きたり(!!)
その流れでまたちょっと宗教法人でネットサーフィンして遊んでしまったり

いかんなぁ
本当に日常生活立て直さんと

生活立て直しのためにも今度のゴミの日はゴミ袋4つ出さなきゃない
今週末には家電ゴミの回収に来てもらうことになったし
この連休でまとめたゴミがなくなれば、家のなかもだいぶ片付く…はず


そして、今日は次男坊くんをちゃんと猫接待しましたわよ
1時間近く膝の上





























さすがに足が痺れた
彼が水飲みで降りてくれた隙に、猫接待強制終了


これって正しい連休の使い方、なのかな?
私の疲れはいつとれるの?

2026年8月18日火曜日

『ステップファザー・ステップ』

本当は読書記録としてこの本に触れたかったのだけれど
ここ最近ずっと頭の中を離れないフレーズがあって、それを紹介したい

『ステップファザー・ステップ』は作者(宮部みゆき)自身がD・E・ウェストレイク好きを公言しているだけあって、彼の作品のドタバタ感によく似ている
だが今日書きたいのは別の話

この本の最後は「ミルキー・ウェイ」というタイトルになっている
そこにこんな箇所がある
“ 未練。まだ梅雨の明けきっていない湿っぽい夜空そのもののような、じっとりとした、ねちねちとした、気質の良くない感情が、固まってしまったバリウムのように、俺の胃袋のなかに居座っている。その場でぴょんぴょん飛び跳ねれば、胃袋のなかでその固まりが「みれんみれんみれん」と音を立てるかもしれない。”

いまの私は、ここ2カ月ほどの私は、ずっとそんな感じだ
言っても詮無いことと思いつつ、それでも言わずに、書かずにいられない
そんな日々を繰り返している

誰のせいでもなく、ただただ“私が私であった”というだけなのだけれど
この結末を避けることはできなかったのか?という思いを捨てられない

以前も書いたけれど、今回のこの決断は癇癪であると同時に、5月半ばには既に限界を迎えていた自分が取り得るギリギリの選択だったと思う
それは自分自身がよく分かっている
それでも...


明日訪問するお客様
初めてあの会社を訪問した日をよく覚えている
去年の今頃、打合せのために向かう地下鉄のなか
そして帰りの電車
先月の訪問のときに思ったこと
噛みしめた悔しさ
あまりにも思い出がありすぎる

去年、ちょうど今頃
あの会社の訪問を終えて、自分の中で吹っ切れた部分があった
だから10数年ぶりに港区に足を踏み入れることができた
だから花田さんの工場を探す気になれた
山岡さんのお宅を訪ねる気になれた
感謝などという言葉では言い表せないほど
どれだけ頭を垂れても足りないほど
感情だけが溢れている

そして今日メールで退職の連絡をした方たち
去年の9月、先方を訪問した日のことをよく覚えている
会議は事前の予想通りきな臭い雰囲気でしんどかったけれど
あの場所そのものはもう一度行きたいと思えるほど落ち着いた良いところで
あの法人とも、もっと長くお付き合いしたかった
(メールには今度プライベートで訪ねたい旨を書いた)


「みれんみれんみれん」
2ヵ月ほどずっと胃袋のなかに居座り続けている

2023年4月29日土曜日

宮部みゆき著『レベル7』

 先週の日曜日に投稿するはずが1週間遅れになり反省。

言い訳をすると、国政補選があまりにも接戦だったためテレビ中継やネットでの情報検索にハマってしまい読書記録の作成どころではなかった。


気を取り直して初読書記録。


本書は全体として見れば記憶喪失ものミステリーに分類されるのだと思う。宮部みゆきという作家はミステリー作家に分類されることが多く、また本書も基本ラインは謎解きを中心に進むのだから。

しかし、私は宮部みゆきという作家を「バブル前後の時代・社会を切り抜く天才」だと考えている。例えば本書の『新日本ホテル』火災事件。これはもちろんホテルニュージャパン火災をモチーフにしている。そして1980年代に明るみになった宇都宮事件に代表される当時の精神医療の闇も本書のモデルの一つだ。

近年「失われた○○年」という言葉が取り上げられるにつれ、昭和の末頃から平成初期にかけての80年代・90年代がまるで輝かしい時代であったかのように語られるようになっている。例えば小学館が運営しているサイトHugKum(はぐくむ)ではバブル期について次のように説明している。

「バブル経済に沸いた当時の日本では、好景気の恩恵にあずかる人が多かったようです。例えば、大学生の場合は就職活動がたいへん有利でした。

企業の業績がよく、新卒採用の枠を増やしたために「超売り手市場」となったのです。学生を集めるために、企業側がブランド品や海外旅行など、豪華な特典を用意することもありました。

会社員の給料やボーナスも右肩上がりで、福利厚生も充実しています。経費として自由に使えるお金が多かったので、豪華な接待やタクシーでの帰宅なども普通に行われました。

個人投資も活発になり、専業主婦が株で大儲けしたケースも珍しくありません。また、豊かになった人々がより良い住環境を求めたため、空前の不動産ブームが到来しました。」(バブル経済が起きた理由や、バブル崩壊の原因までわかりやすく解説【親子で学ぶ現代社会】 | HugKum(はぐくむ) (sho.jp))

就職氷河期を経験し、長期のデフレが続いたあとの外的要因によるインフレに喘ぐ現在の日本からすればまるで天国のように見える記述である。

では本当に当時は天国のような時代だったのだろうか?宮部みゆきの小説は当時の市井の人々の暮らしが決して楽ではなかったことを示してくれる。『レベル7』では経営者の順法意識の低さや人権感覚の無さ。『火車』では現実の苦しい生活と社会の浮ついた空気感を縮める魔法の杖(カードローン)の闇。『理由』ではもっと直接的に、バブル景気が大半の人々にとっては他人事であり、それでいてバブル崩壊後の苦境はもともと生活の苦しかった人をさらにどん底に叩き落した点。

私自身が小学生時代にバブル経済を経験しているだけに、あの時代が決して天国ではなかったことを知っている。物の値段は上がり続け、庶民の生活は苦しかった。実際に当時のインフレ率を見てみると、第一次オイルショックの1974年につけた23%には及ばないものの、第二次オイルショック直後の1980年のインフレ率は7.81%翌81年は4.94%で、昨年(2022年)の2.5%の比ではない高さだった。その後一度はインフレ率も落ち着いたが、1990年91年はインフレ率3%を超えてしまっている。

(引用:世界経済のネタ帳 https://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=PCPIPCH&c1=JP&s=&e=)


「専業主婦が株で大儲けしたケースも珍しく」なかったなどと聞けば皆が楽して儲かった時代のように思えるが、実際は妻が専業主婦になれるだけの給料を貰っているサラリーマン家庭で、尚且つ当時はまだ珍しかった個人投資をできるだけの元手(資金)がある人がさらに儲かっただけのことだった。1990年頃から共働き世帯が急激に増えていることから考えても、専業主婦が標準ではなくなりつつある中での話だと分かるだろう。なお、男女雇用機会均等法の施行が1986年である。(さらに書くと「鍵っ子」が流行語になったのは1965年前後のこと。)


また、経済的な面以外でも80年代から90年代初頭にかけては様々な問題があった。「管理教育」はその最たるもので、神戸の高塚高校で起きた校門圧死事件によって歪んだ管理の在り方が問題視されることとなった。管理教育が行き過ぎてしまった背景には70年代の暴走族ブームの影響もあったが、同時に当時団塊ジュニア世代が中高生になっていたことも関係している。急激に増える生徒数に対しそれまでと変わらない教員数で子どもたちをコントロールしようとした結果、行き過ぎてしまったのである。地域差はあったが、酷い所では丸刈りの強制や体罰といった人権侵害が横行していた。

このようにバブル前後の時代は多くの人にとって経済的に余裕があったわけでもなく、また人権意識・順法意識も現在に比べて希薄であり、今の基準で考えて「素晴らしい時代だった」と評価できるものではないのだ。そのバブル前後の空気感をしっかり、そして庶民の立場で伝えてくれる作家が宮部みゆきだと思う。
たかがフィクション、たかがミステリー。だが宮部みゆきが描くバブル期の日本には、浮ついていない浮つく余裕もなかった当時の市井の人々の生活感が現れている。

2023年4月22日土曜日

初読書記録は…

読書記録の最初から政治家の著書やビジネス書というのも如何かと考え、これまで読んだ小説の中から適当なものを選ぼうとしたのだが、これが意外と難しい。

人生で最も読んだ小説は宮部みゆきの『ステップファザー・ステップ』で間違いないのだが、文庫本の解説でご本人の弁として紹介されているように『ステップファザー・ステップ』はドナルド・E・ウェストレイクばりのクライム・コメディ。読書記録をつけるというよりも、あの軽快な話の流れに身をゆだねるべき代物。よって初物には不適格と判断し除外に。

「では何に?」と悩んだ結果選んだのが、同じく宮部みゆき著の『レベル7』。中学時代に初めて手にした宮部みゆき本。これを今夜再読(正確には再々々…読)した上で、明日読書記録をアップしたいと思う。


追記

D・E・ウェストレイクでお薦めは『踊る黄金像』。かつてNHK-FMの青春アドベンチャーでラジオドラマ化されたこともある作品。NYを舞台にしたドタバタ劇で、最後の最後まで❝犯人❞が分からないミステリ。多少冗長に感じる部分もあるが、ウェストレイクの作風に合う人には十分楽しめるはずなので是非ご一読を。