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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

あと18日?

今日もお仕事done
あと事務所に出勤できるのは、どれだけ数えてもMAX18日(日祝お休み予定)
しかも明日は天気が悪いらしい
昨夜から既に気象台が「警戒を」とのアナウンスをしている
………もしかして明日事務所に行けなかったりする…?

もう少しシトシト降ってくれたら「涙雨だ」とも言えるけど
事務所行けないほど降られたら、困る
(次男坊くんは喜ぶだろうけど)
うちの事務所で過ごせる時間は本当に残ってないのに
更にこんなことで削られたらやってられない


遂に本当にやることがなくなってしまった
なかなかに苦しい
昔から、20年以上前から、自分に言い聞かせてきた言葉を、最近は強く意識する
サクラ大戦の米田一基の言葉

「人に見せる見栄なら止したが良い
見栄ってのは自分に張るもんだ」
(第4期ドラマCD『すみれラプソディ』)より

自分の張ってる見栄はどちら向きだろう?と、いつも自己点検する
誰に向けた見栄なんだろう?と
他人に張ってる見栄は自分でよく分かる
自分自身が己の醜さや器の小ささを痛感してるから

そして自分に張ってるつもりの見栄だって、一皮剥けば誰かに良く見てもらいたい欲の塊だったりする
とかく人という生き物は度し難い

そんなことを頭の片隅で考えながら仕事に向かう
仕事をすることそのものがある意味での人間修練の場だな、と思いながら

あとたった3週間弱
泣かずに卒業できる気がしない
号泣だけはしないようにしたい
そんなことをグルグル考える嵐の前夜

袖触れ合うも…

袖触れ合うも他生の縁、ならば
同じ事務所で働く縁というのはなんなのだろう?
(今生の縁なのは間違いないとして)

昨夜、今日の予定を考えていて、どこかにお参りしようと決めた
今日はせっかくの有休で、ダラダラしても良かったし、リモート作業しても良いなと思っていたけれど
自分の性分から考えて、有休に家でダラダラするとろくなことにならないと思ったから

そして今日、いくつもの理由があって南御堂(難波別院)に行ってきた

1つは来月からの通勤ルートの確認
9時半頃だったけれど、やはり御堂筋線は混んでいた
次の事務所はフレックスを導入しているから、できれば8時〜勤務にしたいのだけれど
初日は定時(9時)に出なければならないだろう
そうだとすれば混むだろうな、と予想して乗ってみた
ラッシュのピークは今日よりも酷いんだろうな…😮‍💨

2つ目の理由は、明日しか会えない人がいて、その人にほんの少しだけ気持ちをお菓子として渡したかったから
土日からずっと探して考えてたけど答えがでなくて
だから今日は梅田で探そうと思っていた

3つ目の、そして最大の理由は
何かしていないと落ち着かなかったから
祈るしか、想うしかできないというのは、私にとってかなりの苦痛で
特に今回は自分が何かをしたわけでも無いだけにキツくて
思い入れだけあって、でもただ眺めていただけの身で
だからせめて何かしたくて
それで南御堂にお参りに行った
お参りしたとて何かが変わるわけでもないけれど、自分の心を落ち着かせるために動かずにはいられなかった
(ただの自己満足)
もちろん成功してほしいとか、成果が出てほしいとか、そういう気持ちも無いわけではないけれど
それ以上に、この縁が大切だからこそ「無事に帰ってきてほしい」があって
阿弥陀さんにお願いするのも違うなと思いつつ、とりあえず“弥陀の本願”にすがってみるか…と思ってお参りした












私はこれまで、このブログで“弥陀の本願”とか“他力本願”を書いているけれど
好きな言葉は
「人事を尽くして天命を待つ」と「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」
つまり、限界突破した感覚があって初めて自分のなかで納得できる人
だから今回は自分のなかでずっと不完全燃焼
祈っても想っても全然足りないほど不完全燃焼
悔しさ以上に「物足りない」

この物足りなさを忘れないようにしよう
ここでの縁を抱きしめていくために
自分が独立するとき、きっと支えの1つになるだろうから

祈り

私は特に信心深い方でもなく
門徒ではあっても宗派に素直に従っているわけでもなく
どちらかといえば独自の“信心”で生きている人間

では祈らないのか?と聞かれたら
結構よく祈る
基本的には誰かのこと、何かのことを
心から勝手にわき上がってくるものを祈ったら、いつも自然とそうなっている
「祖母が長生きできますように」だったこともあるし「家族みんなで健康に暮らせますように」だったこともあるし
あるいは「事務所のみんな、そして事務所がこれからも続いていきますように」だったことも



いま、大阪から東北の空を想う
もう9月だから、もしかしたら金木犀が香りはじめているかもしれない、などと思いながら

ただ「無事に」と
「いつも通りに」と
そして…
「報われてほしい」と
強く強く祈る

祈るしかできないから
想うことしかできないから

私は私の役割を果たす
ただ準備を続ける
いろんな意味で「報われてほしい」と願いながら

そしてみんな無事に










2026年9月1日大阪の空