注目の投稿

『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

2026年8月31日月曜日

あと1ヵ月

残りMAX20日
土曜日出勤を全部やってもあと20日
全然時間が足りない
嘆いてばかりいられないけど、本当に全く時間が足りない

実は今月、密かに決めていたことがあった
それはひと月で31個のブログ記事をアップすること
毎日はできなくても、トータル31個書こうと決めていた
とりあえず、これで今月の“ノルマ”達成!

9月も目標は継続する
私が今の、うちの事務所を離れるにあたって、何を思い何に悲しみ、そしてどう過ごしたのかを記録するために


そして明日は9月1日
明日からは新しいキーホルダーで出勤する
このキーホルダーは、ある意味これからのお守り
他人も自分も、過去も未来も、全部を想い続けるためのお守り
そのために帰宅してから鍵の付替えの“儀式”をやっていた
歌謡ショウ観に行ってた頃は20年後なんて全然想像つかなかったな…なんて、しんみりしながら
『さくら咲いた』口ずさみながら

まだ今週は始まったばかり
うちの事務所での残りわずかな時間を抱きしめて、でも前を向いて進みたい
それによってしか得られないものがあるはずだから


追記
今日はさすがに夜中のリモート作業をしたくなくて、それで残業してきて
その結果、うちの次男坊くんやっぱり怒ってます
(甘えん坊なのに気が強いんだよな〜うちの次男坊…誰に似たんだか😮‍💨)

2026年8月30日日曜日

覚悟…したくない

昨日のブログアップ後に次男坊くん(キジトラ12歳)に異変があった
食事中に膝に乗ってきたので降ろそうとしたところ、彼のほうがもんどり打って落っこちた
その瞬間、今まで聞いたことがない唸るような鳴き声を出した
よく見ると後ろ脚を少し引きずっていて
私が寄ろうとしても避けられて

彼は拾ったときから体にいろいろ抱えている子
生後2カ月と推定される頃に拾ったのだけれど、そのとき彼は全身の毛をバリカンで刈り取られていた
前の飼い主は子猫の全身の毛をバリカンで刈った上で、そのまま路上に捨てた

その頃から歩き方がヒョコヒョコしていて、獣医さんからは股関節成形不全と言われた
彼はずっとおねしょが止まらないし、まれにてんかん様症状を見せる
猫は空中で体勢を変えて脚から着地すると言われているけれど、彼にはできない
寝落ちすると手脚をバタつかせて、そして落ちる
だから彼が乗りたがるような高いキャットタワーは置けない
高いところに彼が乗らないよう家具の配置も気をつけている
ずっとそうしてきた

次男坊くんの様々な困難は、一昨年亡くなった長男坊(黒猫)もなんとなく分かっていたようで
長男坊は次男坊くんがわが家に来て1時間ほどで“舎弟”扱いし始め、次男坊がトイレで失敗しても、寝床から落っこちて鳴き叫んでも、いつでも飛んでいって世話を甲斐甲斐しく焼いていた
次男坊にとって長男坊は“お兄ちゃん”であり“お父さん”であり“お母さん”だった

長男坊が亡くなり、母ともいろいろあって
いま私にとっての同居家族は次男坊だけ
その彼にもお迎えのときは近付いてくる
できるだけ長生きしてほしいと思いつつ、彼の体調を見ているとあと5年もないだろうなと感じる

昨夜から今朝にかけて、いつもよりも抱っこして、注意して様子を見ていた
異常が起きているのはおそらく左後脚
慎重に歩いているだけで、ケンケンするわけでもなく熱感もないから骨折は無さそう
これまでと同じくらいには飛べるから、痛みが耐えられない強さなのではなさそう
昨夜のは脱臼しかけたせいかもしれない

そういえば昨日行った動物病院の先生に呆れられた
「10年選手やのにまだ体重増えるか…」と
昨年よりも0.2キロ増えて5.4キロになっていたから
本当は5キロ切る体重に落とすように言われてたのに
そうしないと股関節に負荷がかかるからと、キツく言い渡されていたのに
全て飼い主の責任

彼に幸せに過ごしてほしいと思い、彼が喜ぶからとおやつをあげてしまうけれど、それが結果的に彼を苦しめているかもしれない

彼の老後を看取る覚悟はしているつもりだけれど
でも本当はまだそんなときは来てほしくない
そんなことをツラツラ考えた休日だった




2026年8月29日土曜日

縁のつなぎ方

今日は予定通り忙しい1日だった
予定をある程度終わらせることができて、その意味で充実した良い1日だった

今日の昼前、今回お世話になった転職エージェントの方からメールが来た
転職1月前だから、と
引継ぎは順調ですか?と
そして入社準備は進んでますか?と

今回の転職でエージェントを3つ使った
そのうちの1つはうちの事務所に入るときに使ったエージェントで、残る2つは初めて登録したところだった
今回初めて使ったエージェントの担当者お二人はどちらも私より年上で、この業界特化のエージェントをしてそれなりの年数になるとの話だった
そのお二人の振舞いにいろいろと考えさせられることがあった

最初の面談でも、その後のメールでのやり取りでも「こうしたいという希望を3つ、これだけは嫌だということ3つを決めておかないと後悔する」「即決しなくて良い」「迷って当然」と
採用内定が出たあとでも「急がなくて良いからしっかりと悩んでください」と
お断りのメールにも、形式とはいえ「ぜひよい職場でありますように」「新天地での活躍を」とのお返事をいただけた

こういう1つ1つの気持ちの良いやり取りが縁をつないでいくのだろう
そしてそれは私のこれからに特に必要なこと

AIによる作業の効率化が叫ばれているが、それが行き着く先に残る人間の領域を考えていかないといけない
AIは“寄り添う”フリをするが、それはあくまでも生成された言葉の羅列
フリで済ませることのしっぺ返しは、必ずどこかでやって来る
だから人としてのあり方がこれまで以上に問われる

そして、AIが自信満々につく嘘を見抜ける目も問われ始めるだろう
きっとこれまでの経験の蓄積がものをいう世界になる
嘘を見抜く力と最適解を導くためのプロンプト作成能力
AIが普及した世界は、働く人間にとって極めて冷酷なものになるのは間違いない
“使いこなす人間”と“弄ばれる人間”に分かれていくのだから

その2択から逃れて働きたければ、人間にしかできない仕事、人間としての魅力が問われる
結局はどれだけ人のなかに入っていけるか、人と人をつなげられるかの勝負

私が苦手な領域なんだよなぁ
とにかく、自分のなかを磨きましょう

2026年8月28日金曜日

進まない

ただそれだけ
宿題が終わらない
残りはMAX21日
リモート作業をやってても進まない

今日は久しぶりにExcelの図形挿入に苛ついた
画面で表示されている状態とプリントアウトしたものが違いすぎた
それでイライラと
(わたくし短気なので)
(文雄に親近感わくほど、短気でイラチかつ普段は抑制タイプ)

一応は目指す形ができたけれど、ボス的には微妙だったかもしれない
やはりああいう作業はイラレの方がやりやすい
高校時代から(家業の関係で)illustratorやPhotoshopを使ってきた人間としては、どうしてもExcelの図形挿入は使いにくい

不満ばかり言っても仕方ないんですけどね
いまある条件の中で最適解を出すしかないわけですから


今日が引継ぎのラストで、一番後ろ髪が引かれる法人さんで
悔しさがないわけではなく
でもその悔しさの中身を分解していったら絶望しか残らないので(過去ブログ参照)
分解作業に蓋をしなければいけない


明日の一大イベントは次男坊くんのワクチン&健康診断
次男坊くんを動物病院に連れて行く前に、自分自身の歯医者とコンタクトレンズの受取もある
そして…
次男坊くんの病院のあとは、彼のご機嫌取りをしつつ、家事もしつつ、リモート作業もしつつ、体を労ってやりたい

自分を大切にすることで、いつかきっとの夢を抱き続ける
そう遠くない未来、独立したあとのことを見すえて
さらにその先にある想いのために


小田和正『たしかなこと』
〜自分のこと大切にして (時を越えて)
 誰かのこと そっと想うみたいに (君を想う)
 切ないとき ひとりでいないで
 遠く 遠く離れていかないで
 疑うより信じていたい
 たとえ心の傷は消えなくても
 なくしたもの探しにいこう
 いつか いつの日か見つかるはず〜

2026年8月27日木曜日

お別れ

今日、最終出勤日だったパートの方がいた
去年うちの事務所に入ってこられたとき、その前からいるパートの人と軋轢があった
そしてちょうどその頃、彼女はシンドそうな顔をしている日が続いた
だから心配になってLINEした
彼女からの答えは「友達と万博行ってたからその疲れです」だった
退職前のときも事務所のなかではなんてことないように見える振舞いをされていた
でも女子トイレでは少し溜息をついたり、黙り込んだり、これまでとは明らかに様子が違った

そして今日
お昼休みの女子トイレで、また話す機会があった
「辞めるときが一番しんどいですね、いつもですけど」と
「“もっとこれやろう!”って思うんですけど、それを使うときには私いないんですよね…だから自己満足というか…」と
事務所のなかでは最後までそんな顔をしなかったけど
強い人だなと思ったけど


私はあの人ほど強くない
だから、毎日凹んでいるなと、周囲は手に取るように分かると思う
周りの人に気を遣わせている自覚がある
申し訳ない


彼女には伝えていないけれど、去年の9月に彼女からもらったLINEをよく覚えている
重陽の節句前後にまとまって休みを取り、鶴岡に行っていたときの話
2年連続だったこともあり、鶴岡駅付近は“勝手知ったる”という感じで、新鮮さよりも実家感覚で街歩きしていた
でも新鮮さがないからこそ、自分が1人だけ世界から取り残されている気もして辛かった
事務所のスケジュールアプリを見ては自分だけブラブラしていていいのか?と焦り、言いようのない苛立ちがあった
そんなとき彼女からLINEがきた
仕事に関しての連絡
どこでそのLINEを見たか、どこで返信したか
その前後のこともよく覚えている
(致道館に着いたばかりのときだった)
あの瞬間、それまであった「私はどこにも居場所がないのでは?」という漠然とした、でも強烈な不安が、スッと消えていった
LINE連絡それ自体は本当に些細なことだったけれど、でも間違いなく救われたと思っている

彼女のことも「大事な大事な人達」の箱のなかに入れておこうと思う


私の出勤もあとMAX22日
“卒業”が刻々と近付いてくる
駄々をこねる自分を抑え込んで、日々を精一杯過ごす

“卒業”の前には、20年間連れ添ってくれたこのキーホルダーとのお別れがある
8月31日が終われば、この子はサクラ大戦グッズのBOXにしまい込む
この20年間の悔しさや悲しさ、砕け散った夢と、それから…楽しかった思い出とともに











20年後
私は大切な人を大切なまま想い続けていられるだろうか
あまりに遠い未来で想像もつかない
20年後
私は目指す背中に近付けているだろうか
その背中があまりに大きすぎて不安になる

20年
それはおそらくあっという間に過ぎていく
これからの20日ちょっともその一部
かけがえのない大切なもの
愛おしさを抱きしめて、奇跡のような時間を噛みしめて過ごす

2026年8月26日水曜日

あと5週間

最終出勤日は5週間後の水曜日
日祝と有給休暇、それに予定が入っていて出勤できない今度の土曜日を考えたら、残る出勤日はMAX23日
(含む土曜日4日)
本当にあとわずか
時間が絶対的に足りない

寂しさで心揺れる部分と、焦りで苛立つ部分と
いくつもの局面で揺らいでしまって仕事が進まない
だから夜もリモート作業するけれど、本当は寝て作業効率上げた方が良いんだろうな
宿題は…本気で期限延長が必要そう
いまなら延長の特例承認申請書、間に合うかしら?

冗談はさておき
グダグダ言うより宿題のために手を動かさなきゃ
この空を見られるのもあとちょっとなのだから















いつかこの苦しみを「いい思い出だ」と言える日が来るのだろう
その日までは

2026年8月25日火曜日

解放

今日は有給休暇で、ゆっくり起きて朝からダラダラしてしまった
眼科の受診を終えてから駅前でブランチして
そして無性に三宮に行きたくなった

本当は家事を片付けなきゃない
次男坊くんを甘やかさなきゃない
仕事の本も読まなきゃないし、宿題もしなきゃない
それでも今日は羽根を伸ばしたかった
いつもの私ならば“役割”を優先して諦めていただろう
自分の望みや願いよりも役割が優先されるべきだと思ってきたから
でも今日は、そんな自分を解放してあげたかった


そして今日、もう1つ解放されたものがある
人生で初めて縁結びの御守を買った
「縁結び」という言葉そのものが、自分には縁遠いものだと思ってこれまで生きてきた
でもよくよく考えればこれは親の呪縛

父は私が女の子らしいことをしたり望むことを嫌がる人だった
「本当は男の子がほしかった」と何度も言われた
それは彼の本心だったのだろう
それが親として適切な振る舞いであるかどうかはともかくとして
だから父は私が“チャラチャラ”しようとするのが嫌いだった
母も歓楽街育ちゆえに、お洒落することへの忌避感は強かった

今日はそんな呪縛から自分を解放してきた
生田神社に行ってブラブラして、お参りして、おみくじも引いて、そしてお守りも買ってきた
少しだけ自分を赦すために















大阪に帰ってきてから、新大阪までプチサイクリングもして
日光浴してセロトニンつくってきた
リモート作業もして、家事もして
いつもの休みよりも活動的な1日だった


私は私の人生を取り戻している途中
これからの人生を、独立を考えて
1人でお客様と向き合い続けるために、自分自身を大切にしたい
そしていつか、大切なもの、大切な人と過ごす日が来ることを願って

2026年8月24日月曜日

秋はいつ?

先日、秋の空を感じた(過去ブログ「秋の空」参照)
なのに今日は、ここ数日は、夏に逆戻り
暑すぎる
暑いだけならばいいのだけれど、湿度が酷い






















昔、大学生の頃、合宿免許とるために山形(市周辺)に2週間ほど滞在したことがある
ちょうど花笠の時期でもあって楽しかった
(仙台と隣接市だけどなかなか行く機会がなかった)

山形合宿で一番覚えているのが、夏の日差しを浴びたときに「肌が痛い」と思ったこと
大阪だと湿度が高くて、その湿気がまとわりつく不快さが先に立つ
しかし山形は湿度が低かったために湿気による不快さがなかった
その代わり熱も日差しも痛かった
同じ日本の同じ夏でもこんなに違うんだな、と思ったことを強烈に覚えている


さて
今日も今日とてお仕事はお客様から切り離される痛みの連続で
仕方ない仕方ない、と自分に言い聞かせているけれどかなりの苦痛
今日の昼、BlueSkyでこんな記事が流れてきた
そこにぶら下がっているポストや引用ポストを見て、いろいろと思うところがあった

明日にでも、思うところをまとめてBlueSkyに連投しようと思うのだけれど、かいつまんでここにも書いておく
マル経的考え方では「人間と動物を分けるものは“労働”」なのだそうな
つまり人間とは労働をする生き物である点に他の動物との違いがある、のだと(ホンマか?)
にもかかわらず、なぜ人は労働をすることが苦痛になるのか
それは労働による成果と労働そのものが切り離されているからだ、と
そこから価値論(剰余価値論)の話、つまり「労働によって生まれた剰余価値が資本家に搾取されている」云々の話につながるらしいのだが...
(この話聞いたのって代々木の7階か伊豆の合宿所だと思う)
(私の身近にいた50年党員とかでも、こんな話聞いたことないって言ってたし)
(イデ部で聞いたのかもしれない)

話を戻そう
私自身はいまの事務所で仕事をするようになって、仕事を苦痛だと思ったことはなかった
お客様の役に立つにはどうしたら良いか?
何が役に立つ情報なのか?
その情報を引っ張り出すにはどういった処理が必要か?
そういうことを考えることが楽しくて楽しくて仕方なかった
でも今はかなり苦痛を感じている

ボスなりにいろいろ考えてくれているのは分かる
だから前向きに頑張ろうと思うけれど
お客様と接する機会が失われる中で、まだ見ぬ(潜在的な)うちの事務所のお客様のために頑張る、というのは本当に苦しい
顔が見えない、姿が見えない、声が聞こえない
そんな状況に置かれて、モチベーションを維持するのに苦労している


一昨年の年末にうちの事務所を辞めていった前チームリーダーがふと漏らしていた言葉を思い出す
そのチームリーダーは、うちのチームの仕事だけでなく資産税関係もやっていた
かつてはお客様と直接話をしながら仕事ができたのに、うちの事務所のやり方が変わって、接客全般を副所長が担当する形に変わったことで、仕事の楽しみが減った、と
その話を聞いたときは「そういうもんなのかな?」と思っていたけれど、いまの状況を経験するとその切実さがわかる
そしてまた、ボスが以前ふと漏らした言葉がどれほど痛切なものだったかも、いまになってよく分かる
「担当者のところに電話がいって、俺のところに来ぉへん」と

この仕事はお客様と一緒にやって初めて楽しい
お客様から切り離されるということはこんなにも苦しい
やっぱり私はこの仕事が大好きだし、お客様と一緒に仕事がしたい

いつかの独立を考えたとき、恐怖と不安ばかりが先に立つ
でもお客様と一緒に仕事をする、と考えたら
自分の思うとおりに二人三脚で仕事ができる、と考えたら
心が躍る
やはり私には独立が向いているのかもしれない

2026年8月23日日曜日

罪滅し

常日頃、我慢をしてもらっているので
今日は罪滅しの日
次男坊くんのお望み通りに膝上(?)を占拠してもらった







                  
















彼は寝ているうちに動きまくるタイプなので、できるだけ広い範囲が必要
彼の望む広さを確保しようとすると私は胡座をかくしかなく、結構痛いんですよ…彼の体重5キロ超あるので
胡座をかくと下の脚は彼の重さ+上の脚の重さで痺れるわ痛いわ
あと本気で寝落ちする前に猫様ベッドに移動していただかないと、膝の上でおねしょされることに😂

来週の土曜日、次男坊くんの健康診断とワクチン接種に行くんですが、帰ってきたらガチ怒りだろうなぁ
根に持つタイプだから、来週の週末は2日とも彼のご機嫌取りに終始しそう

これもあと何年続けられるか分からない幸せタイム









2026年8月22日土曜日

宿題

8月31日が近付いている
“夏休み”ももう終わりだ
だからというわけではないが、いま私は宿題に追われている

いまの事務所にいられる時間はあと1ヵ月と1週間ほど
それまでにため込んでいる宿題を片付けなければならない
前から約束していたこと、自分でやっておきたいと思っていたこと、そして最近依頼されたこと
自分の中でいろいろ考えるが、どこをどう考えても時間が足りない
宿題の提出期限を延長してもらおうかしら?

冗談はさておき
今日も宿題をするために土曜日出勤してきた
午前中にノルマのデスク拭きを済ませて、お昼ごはんを食べてから歯医者に行って
そして午後から宿題片付け
今日の自己研鑽タイムは午前中だけ
ちゃんと午後はチャージしてきた

ちゃんとチャージしてきたわりに、今日片付けられた宿題はたった1つ
最近依頼されたExcelシートの作成だけ
自分の手の遅さとExcelセンスのなさに嫌気がさす
これでも少しはExcel使える気になっていたけれど、やっぱりまだまだだと痛感した

私のExcelの師匠は、かつてうちの事務所にいた青年
彼が作ったExcelシートを見て、そのシートを修正する中で関数の使い方や発想を学んできた
彼には本当に感謝している
そしてもう1人の師匠がいまのうちのチームのリーダー
彼がうちの事務所に入ってきたばかりの頃、何度も質問した
「関数はどれくら使います?」「そのシートの作り方の発想はどうやって出てきました?」と
結構しつこかったと思う
(ごめんよリーダー)

いまの事務所で学んだことは本当に多くて
続けることの意味も、いまやっと分かり始めたばかり
必要に迫られることが成長に最も効果的だということも、ここで学んだ
言葉や頭で分かっていたことと腹落ちすることは違う
私はここで学んで腹落ちした
ここが私にとっての学校だった

私のなかでは卒業制作がまだできていなくて、卒論も書けていなくて、卒業などと言える状況ではないのだけれど
それでも時間は迫ってくる
あと5週間と4日
シルバーウイークもあり、残された時間は想像以上に少ない

いまのままではとてもじゃないが胸を張って“卒業”できない
うちの事務所の校長先生は優しいから、なんだかんだとおだててくれるけれど
自分の能力のなさは自分が一番わかっている
せめて校長先生に「宿題全部終わりました!」と言って巣立ちたい

2026年8月21日金曜日

追悼

今日2つめの記事
今日なにかがあったわけではなく
このシーンを久しぶりに見て書きたくなった


前にも書いたが、米田一基役の池田勝さんが今年亡くなられた
繁忙期のニュースだったこともあって、心の整理がつかないまま、少し前までサクラ大戦を封印していた

米田一基は私にとって理想の上司であり理想の父親像
そして、その中の人である池田勝さんにも強い思い入れがあった
何よりも声が好きだった
海外ドラマの刑事フォイルを池田さんの声聞きたさに見ていたくらい、大好きな声だった(フォイルの嫌味な上司役で出ていた)
池田さんの声が聞けるからと、モーガン・フリーマン主演のDVDもいくつか買った

今頃になってだが「寂しい」「もっと声が聞きたかった」と、ようやく素直に言える
新しいセリフをあの声で聞けないんだ、と思うと猛烈に寂しい

サクラ大戦関係で言えば、今年は既に池田昌子さんも川崎ヒロユキさんも亡くなった
こうやって、自分の青春時代に憧れた人達がいなくなっていくのだろう
歳を重ねるということはこういうことなのだ、と噛み締めている



今日夕方、ひと月ぶりに母と会って話をした
電話では何度か話していたが、会ってみると本人が電話で言うよりは元気そうで安心した

母との関係が元に戻るとは思っていない
元に戻ったところで、お互いに傷付けあって憎むだけだろうから
ただそれでも連絡がつく状態にはしておきたいと思っている

いつか母を見送る日が来る
そして、いつかは父についての知らせも受けるだろう
そのとき後悔するかもしれない
いろいろな感情が出てくると思う
そのときは、そのときなりに受け止めよう



いまはもっと別の別れの真っ最中で
この別れをどう消化すればよいか自分でも分からず、気持ちを持て余している
私はまだ、いまの事務所に「さよなら」を言える気分ではない
いまの同僚たち、上長sに「さよなら」を言いたくない
そしてもちろんボスに「さよなら」を言う気はない

来月末、言えるようになっているだろうか
そのときが来たら「さよなら」ではなく「行ってきます」と言って別れたい
私の認識では“退職”ではなく“卒業”だから

予定外

明日は三宮に行くはずだった
いつもの通り普通電車で三宮まで行ってセンター街で献血して、それからジュンク堂行ったり町中華で適当に食べたり
そしてゆっくり普通電車で帰ってくる予定だった

一昨日歯医者から電話があって、急遽もう一度歯型をとることになった
歯科治療を受けた直後に献血するわけにはいかない
それに、今の私の体調だと弾かれる恐れもあった
だから献血予約を変更した

そもそも明日は2週間に1度のデスク拭きの日
デスク拭きのためだけに顔を出して、そのまますぐに三宮に行く予定だった
だが献血しないのならば仕事をしたほうがいい
結局明日もまた事務所の近くまで行く、そのついでだ
だから明日はシレッと事務所に行こうと思う

せめて土日らしい何かをしたいと思いつつ、でも今週もまた定例の自己研鑽
これもまた私らしい

今日くらいは少し眠れるだろうか
何も考えず中途覚醒せず朝まで眠れるだろうか
寝なければいけないと分かっている
カフェインの摂りすぎで体の芯が常に震えている感じがする
体質的にカフェインに強くないから

次男坊を寂しがらせるけれど、今日は(今日も)我慢してもらおう

いまの事務所での日々を、みんなと一緒に過ごせる大事な日々を、そしてボスとともに過ごせる大切な日々を、ちゃんと駆け抜けるために
今日くらいはしっかり寝なければ

2026年8月20日木曜日

道化

昨夕、港区に比較的近いところまで行った
橋を渡ってもう少し行けば…と思った
花田さんに会いたいと思った
叶わないとわかりながら

以前の職場を辞めたあと、5年くらいは毎年年賀状を送っていた
返送されてくることはなかったけれど、返事が返ってくることもなかった
「俺らのことも港のことも全部忘れ」と言われた日から、返事は一度も返ってこなかった
官報合格したときも手紙を書いて出した
それも返事はなかった
花田さんなりの優しさなのだとわかる
だから寂しさを飲み込んだ

「気付いてやれんで悪かった」と言われた
その言葉だけで十分ありがたかった
責められなかったから

いま花田さんに会いたいと思うほど心が弱っている
二度と会えない西田さんを思い出して心が塞ぐ
昨夜も今朝も固形物を食べる気になれなくてゼリー飲料で済ませた
睡眠時間も足りてない
何をするでもなくボーッと時間が過ぎていた
でもまだブログを書く気力があるから大丈夫だ
まだいつも通りの格好をして事務所に通えているから大丈夫だ

いつか…はきっといつまでも来ない
どれだけ強く思ったとて、どうしても叶わないものは存在する
小さな夢は所詮は夢だ
何の約束もないただの夢想だ
その絶望を抱えて道化を演じよう
私が信じ続けることで、誰かの心が安らいで軽くなるなら、この人生にも価値がある

加藤紘一のように強くなりたい
道化を演じてでも後に続く者達を守った加藤のように





















(2026年8月20日撮影)

2026年8月19日水曜日

秋の空

今日朝8時頃の大阪の空






















薄雲が少しかかった青空は少しだけ秋の空
お盆が明けたんだなとよくわかる
一昨年や去年、9月に鶴岡で見た青空と同じ
まだ暑いけれど、夏が終わり秋がやってくる気配の空

頭の中に小田和正の歌声が流れてる
“夏と冬の間に秋をおきました
だから秋は少しだけ
中途半端なのです
このころはなんとなく心さみしくて
知らないうちに誰かと
すきまができたりします
それで好きな人と別れた人のために
この歌は僕から
あなたへの贈り物です”

別に恋人と別れたわけじゃない
ただ大好きでたまらなかったお客様と、大好きでたまらなかった仕事と、大好きでたまらなかった人達と別れることが決まっているだけ

鶴岡に行きたい
大阪を離れて、加藤紘一が育った街で、加藤紘一が愛した街で、何も考えずに過ごしたい

2026年8月18日火曜日

『ステップファザー・ステップ』

本当は読書記録としてこの本に触れたかったのだけれど
ここ最近ずっと頭の中を離れないフレーズがあって、それを紹介したい

『ステップファザー・ステップ』は作者(宮部みゆき)自身がD・E・ウェストレイク好きを公言しているだけあって、彼の作品のドタバタ感によく似ている
だが今日書きたいのは別の話

この本の最後は「ミルキー・ウェイ」というタイトルになっている
そこにこんな箇所がある
“ 未練。まだ梅雨の明けきっていない湿っぽい夜空そのもののような、じっとりとした、ねちねちとした、気質の良くない感情が、固まってしまったバリウムのように、俺の胃袋のなかに居座っている。その場でぴょんぴょん飛び跳ねれば、胃袋のなかでその固まりが「みれんみれんみれん」と音を立てるかもしれない。”

いまの私は、ここ2カ月ほどの私は、ずっとそんな感じだ
言っても詮無いことと思いつつ、それでも言わずに、書かずにいられない
そんな日々を繰り返している

誰のせいでもなく、ただただ“私が私であった”というだけなのだけれど
この結末を避けることはできなかったのか?という思いを捨てられない

以前も書いたけれど、今回のこの決断は癇癪であると同時に、5月半ばには既に限界を迎えていた自分が取り得るギリギリの選択だったと思う
それは自分自身がよく分かっている
それでも...


明日訪問するお客様
初めてあの会社を訪問した日をよく覚えている
去年の今頃、打合せのために向かう地下鉄のなか
そして帰りの電車
先月の訪問のときに思ったこと
噛みしめた悔しさ
あまりにも思い出がありすぎる

去年、ちょうど今頃
あの会社の訪問を終えて、自分の中で吹っ切れた部分があった
だから10数年ぶりに港区に足を踏み入れることができた
だから花田さんの工場を探す気になれた
山岡さんのお宅を訪ねる気になれた
感謝などという言葉では言い表せないほど
どれだけ頭を垂れても足りないほど
感情だけが溢れている

そして今日メールで退職の連絡をした方たち
去年の9月、先方を訪問した日のことをよく覚えている
会議は事前の予想通りきな臭い雰囲気でしんどかったけれど
あの場所そのものはもう一度行きたいと思えるほど落ち着いた良いところで
あの法人とも、もっと長くお付き合いしたかった
(メールには今度プライベートで訪ねたい旨を書いた)


「みれんみれんみれん」
2ヵ月ほどずっと胃袋のなかに居座り続けている

誤解

いまは昼休みなのだけれど、吐き出さずにはいられないものがあるからこの記事をアップする

私は圧倒的強者に見えるのだろう
端から見れば、放っておいてもなんとかなる強者に思えるのだろう
外形だけ見れば恵まれているようにも見えるかもしれない
多くの人は私の生活実態を何も知らないから

当然、私とて他人の内面や人生・来し方を知らない
だから私も他人の外形しか見ていない

それでも…と思う自分がいる
私のような目に遭ってきた人間がどれほどいるというのか!と叫びたくなる

私は常に考えている
私はどうすればこの人生を避けられたのか?
どうすれば自宅で寝ている最中に誘拐されずに済んだのか?
どうすれば父親からあんな目に遭わずに済んだのか?
どうすれば残業後の職場であんな目に遭わずに済んだのか?
どうすればいまの職場で働き続けられたのか?

出てくる結論はいつも同じ
“私が私でなければ良かった”

そしてこんなことに頭を悩ませている器の小さな自分自身が嫌になる

認知の歪みだろう
被害者にありがちなフラッシュバック的な何かなのだとは分かっている
頭では理解している
ただ心が追いついていかないだけだ

そして心に浮かぶ衝動も、すべてはトラウマ発作的なものなのだと理解している
誰かを試したくなることも、甘えたくなることも、暴力や暴言、そして性的な衝動すらも
全てはトラウマ発作で起こりがちなことだ
知識として理解している
だから必死に抑え込むしかない

これがこれからも一生続く

外からどう見えているかは知らない

私は、人は、常に誤解され続けて生きていく生き物だから
人は常に誤解し裏切る生き物だから

私は理性の箍で自分自身をギリギリと締め付けている自覚がある
理性の箍をはめておかないと、私は私自身を裏切る
そしてその先に待つのは無限地獄だからだ

かつて、他人も家族も私自身すらも、私を裏切った
あのときのことを忘れたことはない
あれは誤解などという生易しいものではなかった
裏切りはどこまで行っても裏切りだ
だからこそ、せめて自分だけは再び自分を裏切らないようにしたい

それが自分自身と大切な人を守る方法だ
大切な人を裏切らず、ずっと信じ続けるために、想い続けるために必要なことだから
どれだけ苦しく誤解されたとしても、私はこの生き方をやめられない
“私が私であるから”

(2026年8月18日19時53分加筆・修正)

2026年8月16日日曜日

AIの使い方

いま私が一番使っている生成AIはGemini
課金して使うようになって半年程度になる
Geminiを使うようになったのは去年の後半くらいから
それ以前はChatGPTのみを使っていた
ChatGPTを使い始めたのが去年の頭くらいで、Geminiに課金する前まで半年ほどはChatGPTに課金していた

この間の使い方は
1.壁打ち相手(認知行動療法的意味合い含む)
2.検索エンジン代わり
3.暇つぶし

1.の壁打ちの中身は広範囲で、①税法理解の確認、②自分の認知の歪み確認、③ブログの下書きの確認等々

一番安定して使えている用途が、このブログの下書き確認だったりする
自分のなかでは当然の前提条件になっているため表現で抜け落ちていることがよくある
だから生成AIに下書きを読み込ませてみる
AIの反応によって、自分の意図がこれでは伝わらないと確認したら、言葉を追加する
そうやってこのブログ記事を書いている

逆に、まだ安定的には使えないなと感じるのが、①と②の用途
①に関しては、私が使おうとしている分野がニッチすぎるせいもあるのだろうが、何度も嘘を伝えてきた
だから、常に念のためe-Gov等で裏取りしているし、そうせざるを得ない
②については、1つのチャットでやり取りを続けていると、勝手にAIがこちらに合わせてくる問題がある
こちらの心情に合わせにきているのだろうが、この用途では迷惑な話
現状、自分の認知の歪みを第三者的に正して欲しいときには、頻繁に新しいチャットに変えるしかない
(そして頻繁に変えた場合、いちいち前提を教える必要があり手間が大きい)

そして今日、初めての使い方をした
仕事で必要になったイラストの生成を頼んでみた
これまでは暇つぶしでイラスト生成させていたのだが、いざ仕事で使うとなると、作業指示の仕方に“クセ”があるなと感じた
最初の段階でかなり要件を絞り込んで明確に指示してやらないといけない
1つ目のイメージに対して、追加指示で修正を加えようとすると思った通りになりにくい
追加指示が増えれば増えるほどイラストがぐちゃぐちゃになった
何事も必要に迫られなければ分からないものだ

これからClaudeも試していかなければならないだろう
いつか独立して業務として使うことを考えれば、早いに越したことはない
独立するということは、これだけ全方位に意識を向けなければいけないのだと痛感する

あと2〜3年
これまで以上に時間の無い日々になりそうだ
だが、その先にある小さな夢のために、今は走り抜けるしかない

2026年8月15日土曜日

20年

今日は81回目の敗戦の日
この件は昨日書いたから繰り返さない
今日は別の話

あれから20年が経った
2006年8月15日、ある政治家の自宅兼事務所が放火された
その政治家は後にこう書いている

“ この数十年で、日本人はあまりにも多くのことから自由になった。そしてあたかも糸の切れた風船のように、中空五メートルくらいのところを漂っているのである。そうした風船が、いま日本中に何十万、何百万、何千万と浮かんでいる。あるいは、電荷を持たない「自由電子」といい換えてもよい。ほんの少しの風や、磁力でさーっと動いていってしまう。そういうなかで、みんながなにか帰属するもの、頼るべき価値観はないかと求めているのである。
いま、多くの人がインターネットの上のミクシィやブログなどのコミュニティに集い、互いに顔を合わせることもないまま一種の「共同体」を形成していると聞く。もう一度そこで、自分のよって立つ場所、もっといえば「居場所」を確保しようと、懸命にもがいているのだ。しかし、それはかつてのような地域社会や共同体とは性格が違う。インターネットによるコミュニケーションの特徴は、すぐに取り替え可能なことである。そのコミュニケーション空間が自分にとって居心地の悪いものになったらすぐに「消えて」しまえる。そうして、自分にとってもっとも居心地の良い場所を探して、いつまでも漂いつづけるのだ。これこそが、私のいう「地上五メートルを浮遊する風船」という現象である。
(中略)
 自由電子化した人々をある程度つなぎとめるためには、地域コミュニティーにおける人間の付き合いをもう一度復活させる以外に手はないと思う。もちろん最小単位は家族だが、昨今の厳しい情勢では、家庭内のリーダーに家族を引っ張る余裕がないのが現実だろう。ならばその次にあり得るものは地域の人間関係である。しかし町内会のような地域コミュニティーを復活させるのはきわめて難しい。ではそれに代わるものとして、いまの日本に何があるのだろうか。NPO(非営利団体)もひとつの可能性だろう。自分の住む地域に関心を持ち、しかし町内会のような古い人間関係に抵抗感を持つ若者たちが全国に二万九千のNPOをつくっている。現在はまだ揺籃期だが、将来、必ず面白い活動に育っていくと思う。”
(『テロルの真犯人 日本を変えようとするものの正体』より)

政治家の名は加藤紘一
一時期は「宏池会のプリンス」とも「政界のプリンス」とも呼ばれた人物
放火事件にあったときの加藤は、その5年前に起こした加藤の乱による宏池会分裂の余波と自身の秘書の脱税容疑で権力闘争からは脱落していたが、それでもテレビに呼ばれ自民党のベテラン議員として発言を続けていた

この頃の加藤の発言が気に入らなかったのか、ただ単に思い込み激しく(誰かの言葉を批判的検証することなしに)カッとなって火をつけたのかは、この際どうでも良い話で
Hという名の犯人の思惑以上に、社会の空気の危うさや政治家の劣化を見せつけた事件だった
(これ以上書くと私の中の清和会への嫌悪が噴き出すので止めておく)













(2024年9月9日撮影)




空気というのは恐ろしいもので、誰も責任を取らないままに流れが1つの方向に収斂し、激流となって他を飲み込んでいく
民主主義と衆愚政治は表裏一体で、であるが故に主権者には強い自覚が求められる

民主主義は「ヒトがヒトとしてありのままに思考し選択して良い」制度ではない
そんな甘く優しいシステムではない
“近代人”というモデルがあり、そのモデルに沿うような人間たちによって運営されて初めて、想定された機能を発揮する制度だ
故に、人は“近代人”たろうとしなければならない
そしてそれは極めて辛く苦しい道のりだ
だが、民主主義を上手く機能させようとするならば、受け入れなければならない

いま、私は、そしてあなたは、あなた達は
近代人として振る舞えているだろうか?
個人として自立し、自律し、合理的に理性的に、そして批判的に判断しているだろうか?

20年前1人の政治家の家を焼き払った“空気”は、いまどうなっただろう?
事務所に卵を投げ込まれ荒らされた政治家
大勢の民衆の前で銃弾に斃れた政治家
民衆の前で爆発物を投げ込まれ九死に一生を得た政治家
私たちは、政治信条に関係なく、暴漢に、殺人者に、非難の声をあげただろうか?
20年後の私たちがいま問われているのは、何があろうとも暴力に訴えない理性と、どんなときでも対話を諦めない忍耐なのだと思う

加藤精三会館が焼かれて20年
加藤紘一が亡くなって10年

空気ではなく思考によって社会が動く
そんな理想を信じて
加藤紘一の言葉を読み返したい



追記(2026.8.16)

20年ということで
私の中でもう1つ20年の節目になる出来事がある
サクラ大戦歌謡ショウ
ファイナル公演の『新・愛ゆえに』は2006年8月だった
お盆の時期を挟んで、結構長めの公演期間だったと記憶している
あのとき購入したキーホルダーを20年間使ってきた
松原秀典さんが描いた花組勢揃いのイラストキーホルダー
いい加減ボロボロになってきて、イラストも剝げ落ちてきていた
そんなわけで次をどうするか悩んでいたのだが...
先日たまたま猫のキーホルダーをいただいた
一昨年亡くなった長男坊と同じ黒猫をベースにしたイラストのキーホルダーを
いろんな意味で「縁だな」と思った
(縁起が悪いと思われそうだから言えないけど、くれた人の誕生日とうちの長男坊の命日が一緒なので)

サクラ大戦歌謡ショウが終わって20年
アニメの世界で生きていきたいと強く願い、挫折し、地獄も見て、いろんな回り道をして辿り着いた現在
進みたい道、進むべき方向をやっと見つけた
来月からは黒猫のキーホルダーとともに、次の20年を歩んでいく
このキーホルダーをくれた人との縁を大切にしたい
そして、これまで関わってくれた多くの人との縁も大事にしていく

2026年8月14日金曜日

地続きの戦後

今日2026年8月14日、日経新聞のコラム・春秋
「玉音放送は人々に放心と安堵、生の決意をもたらし今と地続きの戦後が始まる。その前日、闇の中にいた14日のこの国を想像したい。なお猛る者、塞ぐ者、終わりを探る者。町からは大人の男性の姿が減り、少年らは特攻の死を、女性らは自決を覚悟した。闇を忘れずにいることは光の価値を思い起こすことにもつながる。」

確かに間違いなく今と地続きの玉音放送だった
81年前の今日、この国が闇の中にいたことも間違いない
「でも…」と思う私が異端なのだ


Twitter時代、Mastodon時代、そしてBlueskyに移ってからも何度も書いてきたから、SNS経由でここに来ている人は知っているだろうが
私は明日8月15日のことを毎年「敗戦の日」と呼んでいる

その真意は…
「日本という国にとっては間違いなく“敗戦の日”であった
同時に、そこに暮らす国民にとってはあの体制からの“解放の日”でもあった
故に8月15日は“終戦の日”なのだ」
という順番を踏みたいから

敗戦の日であるということ
そしてその敗戦に至るまでの経緯のなかで、当時の日本国民が犯した過ちがあるということ
その過ちは、人類そのものの過ちでもあるということ
その重みを受け止めることなしに、ただ「終わった」というだけで片付けてはいけないほどの厄災であり、人災であったということ

そういった前提のうえに立つ8月15日にしたいと思っているから


8月ジャーナリズムと言われて久しい
8月に入ると「これでもか」とばかりに先の大戦の話がテレビで流れる
その中身も私が子どもの頃からは様変わりした
加害の歴史を語れる人はほぼ亡くなった
被害の歴史はまだ語り部が残っている
だから否応なく「国民はこんな悲惨な目にあった」という話が流れる
そこでは、2.26で軍部に喝采を送った国民の姿や、植民地(そして沖縄)の人々を当たり前に蔑視し差別し搾取を続けた一般国民の姿は見えてこない

ならばこそ…と思う
大阪の片隅で暮らすおばちゃん1人くらいは、ずっとブツブツ言い続けても良いだろう、と思っている
我々は、日本は、加害者であったのだ、と
間違いなく加害者であったし、そしてまた被害者でもあったのだ、と



追記

報道1930を見ている
最近は見なくなっていたのだが、福田康夫が出ていたために見てしまった
福田Jrの語る“空気”という言葉の文脈は、かつて加藤紘一が書いた「地上5mを浮遊する風船」や「自由電子」の作り上げる“空気”と同じだ、と私は受け取った
本当の“保守”の行き着く答えは同じところになるのだな、と思った
そして、私たちが危惧すべきは“大日本帝国の復活”ではなく、日本における“ワイマール共和国の再来”ではないのかな?と
これはまあ、以前からTwitter等で書いてきた私の持論なのだけど
(だから保阪正康の考えには同意できない部分も多いのだけれど)

2026年8月13日木曜日

未来

今日、熊本の女の子とランチに行った
約2年ぶりの再会
事務所を辞めたときよりも、少しだけ穏やかな顔になっていた
彼女の今の状況、これからの人生設計を聞いていて思った
「未来に向かってまっすぐ歩いていけ!」

もちろん、彼女の言動全てに同意している訳ではないし、彼女が仲良くしているうちのチームの前リーダーについても、私は含むところがかなりあるのだけれど
でも若い子が未来を語り、そして希望を持っている姿を見るのは、やっぱり気持ちが良いなと実感した

彼女は社会人になって初めてのお盆休みらしく、休みを満喫中でランチタイムをオーバーしそうになり、私が断ち切るような形でお開きになったのが申し訳なかった
また今度、ゆっくりと一緒に食事したいと思う

お盆というのは本当にいろんな人の出入りがあるもので
この2年8カ月、ずっと会ってみたい、ご挨拶したいと思っていた人にも今日は会えた
ようやく会えて、そこでの挨拶が「もうすぐやめてしまうんですけど…」だったのが残念だった
本当はもっと違う形でお会いして挨拶したかった

きっとみんな未来を見て歩いているんだろう
日々のなかにささやかな希望を抱いて
日々のささやかなことに喜びを見いだして



他人の人生は他人のもので
私の人生は私のもので
妬み羨んだところで何も変わらない
私の苦しみが外からは見えないように
他の人の苦しみは私には見えない
だから
未来に満ち溢れているように見える人たちも、きっと苦しみもがいているのだろう

いま頭の中を『祭りのあと』が流れている
でも私は笑いたくない
「昨日の夢は冗談だったんだ」と笑いたくない
たとえそれが叶わなかったとしても、それでも信じ続けられる人になりたい
夢も希望も未来も、そして大切な人も
笑わずに信じ続けられるようになりたい
いつかきっと

〜人を怨むも恥ずかしく
 人をほめるも恥ずかしく
 なんのために憎むのか
 なんの怨みで憎むのか
 もう眠ろう もう眠ってしまおう
 臥待月の出るまでは

 日々を慰安が吹き荒れて
 帰ってゆける場所がない
 日々を慰安が吹き抜けて
 死んでしまうに早すぎる
 もう笑おう もう笑ってしまおう
 昨日の夢は冗談だったんだと〜

2026年8月12日水曜日

番宣

同窓会から宣伝しろとグループLINEで回ってきていた
7月に連絡が来ていてそのまま放置して、今日が放送日
私はリアタイする気なく録画だけはしておくのだけど

愛校心ゼロの人間だけど、一応紹介しておこうかなと思う

-------------------------------------

こんにちは 
本格的な夏がやってきました。
8/12にNHKで特集ドラマ「手塚治虫の戦争」が放送されます。
製作にあたり、高校や六稜会館にも取材がありました。
企画演出の方から、卒業生の皆様にもぜひご覧いただきたいとのご連絡がありましたのでご案内します。
放送予定等はこちら
https://www.nhk.jp/g/blog/yh96pc6mnkx2/

※お知らせ
8/11~16は夏期閉館となります

8月イベント案内

(*)8/15(土)14:00~
六稜トークリレーRP(配信のみ)
※8月は配信のみで六稜会館では実施いたしませんのでご注意ください
「北野の暗黒時代~戦火をくぐった精神遍歴」
故三島佑一さん@60期(作家/四天王寺大学名誉教授)
詳細はこちら
https://www.rikuryo.com/talkrelay-notice/
配信はこちら
https://www.youtube.com/@talkrelay/streams

-------------------------------------

探せば、高校時代に自治会室の前から撮った旧本館の機銃掃射跡の写真もあるはずなんだけど
お守り代わりに事務所に持って行ったままかもしれない

機銃掃射跡の写真は、そのうち探してここにアップしようと思う
同期の“彼”のために植えられた桜の苗木の写真とともに、“彼”の25回目の命日である9月11日にアップしようと思う
愛校心はないけど、あのときの生徒自治会での経験が、今に繋がっているから
そして私の中にある芯をあらためて確認したいから

2026年8月11日火曜日

仕事とは

ちょこちょこ見にいくサイトがある
ビジネス関係に分類されるのだろうが、私は“人としてのあり方・考え方”を学ぶ気持ちでいつも見にいっている
今日も久しぶりに見にいき、そして今の自分に響いた記事が2つあった

仕事自体に楽しさを見出す | 課長の予備校 https://kachonoyobikou.com/6013/
インプットとアウトプット | 課長の予備校 https://kachonoyobikou.com/6018/


ここ最近の自分の投稿を見ていて思う
過去の遺産や個人的な感情の吐露だけでブログを書いているな、と
仕事のことも、自分がこれまで感じてきた“楽しさ”や“報われた”想いを具体的に言及していないし
ただ感情を吐露するだけならばBlueSkyで十分だよな、と

表のブログの記事が進まない原因もそれだ
何かを書こうとしたとき、自分の中にある素材の未熟さを痛感させられる
素材をただそのまま出すだけならば、読む人にとって何の意味があるのだろう?と思う
楽しく仕事をしているつもりでも、結局人に見せられるほどには内容をブラッシュアップできていない

同時に、税務や会計の処理について迷っている人にとって(自分もその一人だが)、他の人が先に迷い悩んだ結果出した結論を見つけることは、1つの手掛かりになることも間違いない
それがただの素材であったとしても
だから、自分にとってはただの素材でも記事として公開することに意味があるのではないか?とも考える

こんなことをグダグダ考えて表のブログが進まない
もちろん、具体的なことを書くと仕事の詳細に触れてしまうので書けない、というのもある


最近は自分の中の言葉や思考が枯渇してきているのを感じる
本を読んでいないわけではない
仕事の必要に迫られて、ひと月に2~3冊は読んでいる
それでも、思想も思考も言葉も全てが貧弱になってきている
原因が仕事に必要な本ばかりを読んでいるからだ、というのも理解している
(大学の恩師の言ったとおりになっているのが癪で仕方ない)

初心に戻ろう
幸いにして引継ぎも順調に進んでいる
あと1カ月半、仕事以外の本を読む時間くらいとれるはずだ
まずは4月の課題図書だったはずの『日本は「右傾化」したのか』小熊英二・樋口直人編(慶応義塾大学出版)kindle版から手をつける
そして9月17日発売の十二国記シリーズ最新刊の『幽冥の岸』も


手持ち2社の決算が終われば、あとは本当の残務整理
ボスからの宿題を進めながら、いつかの独立のための準備を整えながら
そして、その先にある小さな夢にかすかな希望を抱いて
自分のすべき仕事、報われる仕事、そして為すべきことを問い続けていきたい

2026年8月10日月曜日

リスタート

大したことではない
表のブログをこのアカウントから完全に分離させた
BlueSkyからはこちらに来れるが、こちらからBlueSkyには行けない仕様になっていたし
もしもコメントを書き込まれても、表とこちらのアカウントが一緒だと返信が...
かなりの不都合があったため、実はコメント欄の閉鎖も検討していた
結構不便を感じつつあった

そんな訳でブログの完全分離作業を帰宅後ずっとしていた(アホ)
貴重な祝日の前夜をこんなことで潰すとは...
完全分離記念に、いつもならBlueSkyの方で書くネタを

ここ最近、ふぐすまの社長さん ┃ ̄皿 ̄┃(@robo7c7c)の雰囲気を見ていて、そろそろ政治の季節かしら?と感じ始めている
内閣支持率も下がり始めてきたしねぇ
いい加減「パンとサーカス」のサーカスをやってほしい
自民党お得意の政治ショーを
「あんたが大将なんだから!」とか
大好物なんですけど、わたくし(性悪)
さっさと派閥復活させろ
「新しい資本主義研究会」とか胡散臭い名前いらないから宏池会復活させろマジで>文雄


とまぁネットスラングで遊ぶ感覚はおいておくとして
ロボ社長すらが宗教法人関係のニュースをリポストし始めているのは、さすがにちょっと...
本邦国民の宗教嫌いは根深いだけに、ちょっと怖いな
税収とも絡んで、政治家が煽れば一気に動きかねない
そして今の総理総裁様はある意味“アカ”だからやりかねん
権力維持のために、なりふり構わずやるかもな

そうならないことを祈るが...

2026年8月9日日曜日

長崎原爆忌

今日は長崎に原爆が投下されて81年の日
広島の原爆ドームには何度も足を運んだが、長崎の浦上天主堂にはまだ一度も行ったことがない
大浦天主堂もまだ

父方の祖母が長崎(天草)の出身で、父方の叔母もいま住んでいるのだけれど、長崎や鹿児島(父の生まれ故郷)にはずっと縁がない
自分のルーツの半分なのに
ただ、故郷に縁遠くても、父方の血を引いているなと感じるときは多い
特に自分の信心に関しては

保育所から小学校低学年くらいまで、毎年夏休みになると岐阜の父方祖父母の家に2~3週間預けられた
普段母方の祖母が私の面倒を見てくれていたから、父なりに義母に気を遣って、長期休みの世話は実家の両親に頼んでいたのだと思う

祖父は軍人恩給を貰っていた
徴兵されたあと、そのまま志願して軍隊に残ったために軍人恩給をそれなりに貰っていた
軍人恩給は家計としては助かったのだろうけれど、祖父はいつも軍隊の記憶で苦しんでいた
夏休み、8月ジャーナリズムで戦争の話が繰り返される季節
いまと違って40年ほど前は、戦争の加害の歴史を取り上げた番組もよく組まれていた
だから祖父はその時期、高校野球ばかり見ていた
故郷の鹿児島県勢を応援していた
戦争の話、戦争のニュースが流れると、すぐにチャンネルが変わった
それでもたまに耐えきれなくなって、突然親鸞聖人の話をすることがあった
祖父の部屋には吉川英治の全集や親鸞の本が並んでいた
祖父は他力本願と悪人正機の教えに縋るしかなかった
南方から引き揚げてきたとき、彼は20代で法名を得たらしい
(結局、祖父が亡くなったとき生前の法名を探したけれど見つけられなくて、もう一度法名をいただいたんだけど)

祖父の影響が大きかったのだと思うけれど、大学の一般教養で「歎異抄を読む」という講義を受講した
他力本願の意味、悪人正機の(仏教的)特異性、そして弥陀の本願の解釈
それを大学の一般教養で軽く勉強した
私はその意味で、門徒でありながら門徒ではないのだと自認している
教団の教え、組織の解釈に染まる気がない信者だから

祖父の苦しみ、宗教に縋るしかなかった彼の絶望を近くで見た人間として、宗教の本質的な意味は彼のような人のためにこそあるのだろうと思う
宗教が社会から求められている役割は、苦しみや絶望を理解しやり過ごすための手段の提供なのではないのか(苦しみや絶望を乗り越えられるとは思えないし、だから言わない)
ある意味、認知行動療法の実践版とでも言えるかもしれない
苦しみの中に入っていけない説教、絶望を外からなぞるだけの法話に何の意味がある
そんなことを考える

長崎の地で禁教令に耐えて信仰を続けた人たちの上に、同じキリシタンから落とされた原子爆弾
その不条理を思うとき、こういった世の中の理不尽と向き合うためにこそ宗教はあるのではないのか?と強く思う

今も世界では、そして日本でも、不条理や理不尽がまかり通っている
声も出せないままに苦しんでいる人、声すら奪われた人がいる
宗教の役割がなくなったわけじゃない
宗教家といわれる人達が“宗教屋”になっているだけだ
信仰とは、教えとは、宗教とは、定まったものをただそのまま口伝する行為ではないはずだ


❝浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし❞
❝外儀のすがたはひとごとに 賢善精進現ぜしむ 貪瞋邪偽おおきゆえ 姧詐ももはし身にみてり❞
❝悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる❞

2026年8月8日土曜日

そろばんの日

今日はそろばんの日なのだそうな
事務所の日めくりカレンダーに書いてあった

そう
今日も事務所に土曜日出勤してきた(一応今日は2時間チャージした)

朝8時から歯医者の予約を入れていて
まだ辞めると決める前に通い始めたから、事務所に比較的近いところにあって
どうせ歯医者にいくんだから事務所にも出たらいいやと思って、ずっと土曜日に予約を入れている
次の事務所も地下鉄乗換があるだけで、今と通勤経路は途中まで同じだから
歯医者を変えずに済みそうなのが安心材料
ということで、朝から麻酔打ってもらって治療を1時間ちょい受けてきた

歯医者を終えてから事務所に出て
幸いボスがいてくれたから、今後の処理の進め方を確認できたということもあり
昨日送ったメールに早速返信してくれていた社長さんのおかげで、某社の月次処理を進めることができた
あの会社には特別思い入れがあって
事務所に入って1月ほどしたとき、ボスに連れられて担当者として初めて会社訪問した相手
2度目の月次報告のとき社長さんを激怒させ、私も売り言葉に買い言葉でキレて、最終的にボスにとりなしてもらった相手
その後、なんとか先方の要求する水準を満たそうとやってきたなかで、いろいろと気付かされたこと成長できたことが沢山あり
だからこそ、退職が決まったとき、まだ退職日も決まる前にまず最初にお伝えしたいと思った相手
書き始めたら止まらないほどの思い入れがある(だから今日はここまでにしておく)

事務所では月次処理と雑用を済ませて、昼過ぎには地元に帰ってきて美容室でカット
本当は先週が予約日だったのに、成分献血で思いのほか時間がとられたせいで献血ルームから予約キャンセルと再予約を入れた結果、今日のカットになった
(先週は献血ルームで暇して、宗教法人の信者数とか真宗教団連合のHPとか眺めてたド変態)

そして…夏は日が高いから、やってしまった
「まだいけるだろ」と思って、美容室終えてから三宮のセンター街まで出かけてしまった

私がセンター街まで行ってジュンク堂に寄らないはずがなく
ジュンク堂に行っても5階の専門書コーナーに行かなければいいのだけれど
よほどの自制心を持って行かなければ、まず間違いなく“体が勝手に...”で5階まで上がるわけで
そして専門書コーナー見てたら、当然買いたい本が見つかるわけで
今日も買ってしまったよ5冊も
母が同居してたら小言の1つや2つは覚悟しなければいけなかったな
本を買うという行為そのものよりも、家の中に重たいものが増えるのが嫌だったから、あの人は

とりあえず、前から買いたかった法人税の基本通達逐条解説12訂版を確保
そしてNPO法人会計に関する本や宗教法人会計に関する本、保育園に関する会計・税務の本で計3冊
あと『集団浅慮』という面白いタイトルの本も
最近は仕事以外の本を買わないように意識しているんだけど...買っちゃうんだよなぁ
(そもそもこの1年以内に『〈民主〉と〈愛国〉』買ってる時点でヤバいし、読み終える気がしない)
本当は仕事に関わる本でもっと買いたいものがあったんだけど、予算と持って帰るまでの重さと、そして家の中の置き場所の関係で断念した

算盤の日、なのに
渋沢栄一が飛んで消えていく1日だった



追記
今日のことを思い返していて記録として残しておきたいことがあったから追記する

私は去年こう書いていた(過去ブログ「甘えと悔しさ」参照)
「自分の仕事を振り返ったとき、チラチラと自分の仕事に対する甘えが見えるわけで
そしてそれは大概ボスに見破られるのです
1,2カ月に1度くらいの頻度で起きる定期イベント
毎回毎回のたうち回るくらいに悔しく、夜寝るまでずっと引きずる」

この頃、間違いなく私は1カ月に1度くらいのペースでボスからの指摘でのたうち回っていた
自分の甘えが情けなく、そしてそれをボスに指摘されたことがあまりにも悔しくて

今日、私はボスにこう言った
「なんか投げやりになっていませんか?」と
その真意は、もっと前のように私の甘えや処理漏れを厳しく指摘してください、という意図だった
退職する人間にボスがそこまでする義理はないのだけれど
それでもお客様のために反映できることがあるならばぜひ指摘してほしくて、それでそう言った
でも何もなかった
そのとき私は納得できなかった
その理由は、以前ならば私に抜けている視点を必ずボスが示してくれていたから
私にとってボスはそういう人だったから

いま、ふと感じている
私は、ボスと私との視座の高さの距離はずっと一定だと思っていた
見えている世界の解像度も、ずっと同じ一定の距離で遠いのだと思っていた
私はずっとボスを仰ぎ見るだけの存在だと思っていた
でももしかしたら違うのかもしれない
もしかしたらほんのごく一部の分野では、ボスの見ている世界に私が近付いてしまったのかもしれない

もしもそうならば
私にとっては大きな痛みを伴う事態だ
“坂の上の雲”を見上げているだけでは済まなくなったということだから
でもこうも思う
「この分野ならばあいつに背中を預けてもいい」そう思ってもらえる存在になりたい、と

私の本心の野望は、実はもっと大きいのだけれど
阿弥陀さんにとって代わって、衆生を救いたいと思うほどの野望を持っているのだけれど
とりあえず、現実的な目標は慎ましくしておく

2026年8月7日金曜日

痰壺

辞めると決めたのは私だ
組織が、残る人間を守るのは当然だ
だから何を言われようと、どんな扱いを受けようと受け入れなければならないのだろう

ならば…
辞めると言い出す1月近く前(5月21日)から、まだ事務所で続けていくつもりだった頃に、かなり限界が近いこと、その原因が特定の人間であることをちゃんと伝えてたのに放置された私は
ちゃんとボスにLINEで伝えてたのに放置された私は
去年の10月頃にはボスも含めた上長sに「チームがチームの体を成していない!うちのチームは2人だけだ!」と直訴していたのに

私が強いから?
大丈夫そうに見えるから?
お客様のためならどんな我慢でもするだろうから?

私はあのときどうすれば良かったのだろう?
「彼女を排除しろ!」と叫べば良かったのか?
「お客様の悪口や罵詈雑言をチーム内で彼女に言わせるな」と上司に頼めば良かったのか?
それとも彼女自身に「この仕事やりたくないなら事務所辞めろ」と直接言えばよかったのか?
私にどんな選択肢があったんだろう?
何をどうすればこの結末を回避できたのか、私には分からない


世の中には守られる人と守られない人がいる
そういうことだろう
飲み込むしかない
この世のヘドロを吸込み痰壺になる覚悟を持つしかない


私は“守られる側”にはなれない人間
最後の最後で「君は大丈夫だよね」「お前なら大丈夫」と
手を離されて、その度に諦めが積もっていく
親からですら

“守る側”に回ってしまうのは習い性
祖母を守ることを期待され、親を守ることを期待され、家を守ることを期待され
守られる方法が分からない


きっと
人は皆、自分のことに精一杯で
手を伸ばせないのは当たり前で
あのとき手を伸ばしてくれた西田さんが、どれだけ貴重だったか
そういうこと


お客様のことだけを考えたいけれど
無理かもしれない

事務所の隅で息を潜めるだけで許されないのならば
これ以上あとどれだけ耐えれば許されるのだろう
私という空っぽの器は、あとどれだけ


分かっていたはずだ
機能としてのみ存在すべきだと
人生に、人並みの何かを期待してはいけない、と言い聞かせてきたはずだ
もう一度言い聞かせよう
ちゃんと人間のふりをするために

2026年8月6日木曜日

広島原爆忌

81回目の広島原爆忌
もしかしたら、家族とともに住んでいたかもしれない街
結局そうはならなかったけど
圧倒的に良い思い出の多い街

市民球場のバックネット裏で見たシーボルの満塁サヨナラホームランはよく覚えている
(あんまし活躍しなかったけどな、シーボル)

もしも…を全く考えないわけではない
あのとき違う選択をしていれば、全く違う人生を歩んでいたのだろうと考えるときもある
もしも…の人生が幸せだったかは分からない
メーデーの日から続いた悪夢を経験することはなかっただろうけれど、その代わりいま経験している幸せや苦しみや悩みとも無縁の、つまらない人生だったかもしれない
そう考えれば、今の、苦しみや悩みにのたうち回りながら、ささやかな夢や希望を頼りに生きている人生の方が“私らしい”と思う

今日もまた、大切な仕事から引き離された
これがここからずっと続くのだろう
退職の日まで
事務所の隅で息を潜めて、ただお客様と次の人のためになりそうな資料を整理する日々が、あと2ヶ月近く
耐えるしかない
強くなりたい

「裏切られてもいい」と言えるだけの強さがほしい
人の気持ちに流されず、好きなものを「好き」と言える強さがほしい
そして、愛しい人・もの全てを守れる強さがほしい
力ではない強さが

“強い国 (儚い夢)
鋼の力 (優しい心)
あーわたしは 強く(優しく)
ありたい
強い力は 優しさを知って
使わぬ力が 強いとわかる
愛も 憎しみも 力も夢も
涙となって 流れて消える
​すべては海へ”
(『劇場版・すべては海へ』作詞:広井王子)


追記
Nスペを見ている
戦後(宮様総理を除けば)最も短命だった内閣総理大臣・羽田孜
こんなにも原爆ドームの発信に前向きに取り組んでいたとは知らなかった
文化庁がこんなにもギリギリの綱渡りをしていたとは知らなかった
かつて、衆議院議員会館で一度だけ羽田孜とすれ違ったことがある
私が勝手にイメージしていたよりも背が高くて、その存在感に圧倒されて、「これが一国の総理を務めた人間なんだ」と印象に残った
いまNスペで、30年以上前の日本の政治(広い意味での政治)の議論を見ていて、あまりに懐かしく
そして今から振り返ってあまりに切なく
私の知る自民党、私の知る“保守本流”はこうだった
…先の大戦はかくも遠くなった

2026年8月5日水曜日

区切

今日、一番手放したくなかった担当先に退職の挨拶をした
泣かなかったけれど、何度か泣きそうになった
感謝しかない
言葉で表しきれない思いばかりだ
でもしんみりさせるのも違う気がして
それで泣けなかった

来年の桜の季節のバザーには必ず行く
“葉桜バザー”だと苦笑いされていたバザーに、来年こそ参加する
子どもたちが元気にしているのを見たいから
支えている人たちに、もう一度会いたいから
私にとって特別な法人だから
私の進む道を、進みたい道を教えてくれた人たちだから
だから来年は参加する

私はいつも勉強させてもらってばかりで
何かを返せた気がしなくて
ただただ有り難さに感謝するしかなくて
何度も頭を下げたけど、全然足りなくて
申し訳なく、情けなく…

昨日の法人も今日の法人も
私にとってはずっと“報われる仕事”だった
いまの事務所でやってきた仕事全て、私は常に報われていた

入って1ヶ月にもならない頃に任せてもらった法人
退職の報告も1番最初にした
月次で報告する内容や処理は定型化してきたけれど、もっと経営判断に役立つ分析ができるのではないかと、今でもちょくちょく考えている
会計で少しでも役に立ちたくて

今日退職をお伝えした法人
残されるチームの負担も考えるけれど、でもできるだけ先方のためになることをしてから辞めたい

私は本当にお客様達が大好きだった
そして本当によくしてもらった
これ以上を望めないほど愛して止まない人達
今はまだ生傷で血が流れているから、書く言葉の全てが哀しみの色になってしまう

来年の桜の季節
少しは笑っていられるだろうか
泣き笑いでも、少しは懐かしむことができているだろうか

まだ私の心は暗闇の中で
この先に明るい未来が本当にあるのか信じられなくて

それでも進むしかない
最期の瞬間に「私はやれるだけのことをやりきった!」と言い切れる人生にしたいから

2026年8月4日火曜日

感謝

「人はね、景麒。真実相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときは、自然に頭が下がるものだ。礼とは心の中にあるものを表すためのもので、形によって心を量るものではないだろう。」

この言葉をここ1ヶ月以上ずっと頭の中で繰り返している
十二国記の慶東国王(景王)陽子の言葉

私はもともと「年長者だから」とか「先輩だから」とか「地位が上だから」とかで頭を下げるタイプの人間じゃない
一応は形式的に頭を下げたりするけれど、腹のなかで舌を出していたらそれが態度に出てしまうタイプ
面従腹背ができない人

だけど、最近は常に頭を下げたい気持ちになっている
有難い縁に対して
私にとって奇跡のような出会いと縁と、そしてこれまでの日々に対して
特にお客様たちに
感謝という言葉では全く足りないほどの想いがある

これまでも節目節目で良い出会いに恵まれてきたと思っている

小学生のときの乾先生には九九の暗記に付き合ってもらった(学年で暗記が一番遅かった)
あれがなければいまの私はない

中学のときの近藤先生からはノートの取り方を叩き込まれた
一番大事なポイントは赤、次に大事なポイントは青、それ以外は黒、と
税理士試験のときもこのルールを徹底して守った

高校のときは吉田先生や黒田先生といった生徒自治会の顧問達や倫理のセイドー、そして三輪先生
自治会顧問の先生達には、先輩として温かく私たち(かなり破天荒だった)自治会執行部を見守ってもらったし、セイドーには「もっと思考を深めろ」といつも発破をかけられた
三輪先生には経済学部への道を開いてもらった
父親の大反対で高2の夏に文転させられ、正直勉強にやる気が出なかったとき、三輪先生から森嶋通夫の『イギリスと日本』を勧められた
文系でも数学の知識は必要になるし、経済学は面白いと思うぞ、といって

大学の恩師もそうだ
さんざん揶揄われたような気もするけれど…
経済学部であんな滅茶苦茶な本を読むゼミにいられたことは幸運だった
(『我が闘争』や『種の起源』を読む経済学部のゼミはうちくらいのもんだと思う)

そして社会に出てからの西田さん
命を繋いでもらった

いま、うちの事務所のお客様達に出会えたのも、これまでの積み重ねがあったから
お客様に命を救われたのも、全ては何かの縁
もちろんボスや上長s、同僚達にも縁があって
こうやって出会えたことに感謝している

今回の出会いと別れもきっとどこかの縁に繋がっていて
そして縁があれば、また再び道を共にすることもあるのだろう
(私は運命論者ではないので、「勝つつもりで戦う」のだけれど)
(縁は必ず手繰り寄せる気でいるのだけれど)

明日、いっぱい頭を下げてくる
感謝を込めて
あの人たちの幸せと子どもたちの未来を祈って
そしていつか、またお会いできる日が来ることを願って

センチメンタルな……?

今日で熊本の地震から1週間
避難や支援のフェーズが変わる頃
彼女に連絡した
彼女のご家族もお家もひとまずは無事だったらしく
本当にホッとした

熊本の子は頑張り屋さんなんだけど年頃なりの不器用さもあって、それがトゲになって周りをチクリとするところもあって
同い年、隣同士の席で、静かに彼女たち双方が苛立ちを感じている雰囲気に、ハラハラしながらも「この年代はそんなもんだよな…」と思って見ていた
2人とも可愛らしく、いじらしい子たちで
私はもっとあの2人を見ていたかった

そして今日もう1つ
自分なりに一生懸命やったけれど、思った結果が出なかったあるお客様から
「ずいぶんと頑張ってくれたと聞きました」と
「ありがとうございます」と
「担当になってもらって良かった」と
感謝すべきは私なのに
頭を下げることでしか気持ちを伝えられなかった
感謝をどれだけ言葉にしても全然足りなくて

2年半担当をしてきた社会福祉法人の方からも温かい言葉をいただいて
感謝しかできなくて
あまりにも有り難くて
申し訳なくて
来月の訪問時に泣かずに乗り切れるかな

もっとやりたかった…という思いがずっと燻っている
もっと何かしたかったという思いも、もっとやれたはずだという思いも


明日、泣かずに帰ってこられる気がしない
号泣しなければ御の字だと思っている
それくらい特別な思い入れのある担当先訪問
辞めるということはこういうことなんだと、毎日突きつけられている

いつか思い出になって懐かしむ日が来るのだろうけれど
いまは先が見えない

2026年8月2日日曜日

新しいスタート

新しい月だからということもあって、表のブログに記事をアップしてきた
疲れた

本格的な1本目は消費税の非課税取引について書くつもりが、いざ書こうとすると「税金とは」という話になってしまった
全然税務や会計の話に入れていない
反省だ

反省と同時に、自分の興味関心は放っておくと「租税法」や「財政学」に流れていきそうな人間なのだと気付いた
つくづく、もっと早くに気付いておくべきだった

アカデミアにいた伯父に財政学を教えてもらいたいと思った時期もあった
実際伯父からは「暇してるんやったら、金沢まで遊びに来てくれたら教えたる」と言ってもらっていたけれど
その頃は「暇してる」わけではなく、専念の税理士試験受験生だった
10数年前の話だ

いまやその伯父も92歳
昨年自宅を訪ねたとき、やはりある程度の老いを感じた
(それでも普通に日経を読み下してたところはさすがだったけれど)

いま、下手に「財政学に今さら興味を持っている」などと言おうものなら、あの家に山積みになっている本を渡されるのが関の山だ
だから絶対に口が裂けても言えない

自分はこうやって後悔ばかり繰り返して生きていくんだろうなぁ

せめて一番上の伯父と二番目の伯父が生きているうちに税理士登録したいと思っている
あの2人に、姪っ子としてできる“親孝行”はそれだろうから
間に合うかな...


追記
「麒麟も老いては駑馬に劣る」という言葉がある
それはそうなのかもしれない
ある程度は真理なのだろう
だが昨年伯父に会ったとき「いまの自分がいまの伯父を越えているか?」と考えて無理だと感じた
頭の回転だけを取れば超えている部分もあるかもしれない
しかし、経験で補われる部分も含めた総合力で考えれば、私は伯父の足元にも及ばない
そして同じように“敵わないな”といつも思っているのがボス
いつかは追いつきたいのだけれど
その「いつか」は一体いつ来るのやら...