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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

翼があれば?

 何周遅れか分からない話を書く。
『虎に翼』
リアルタイムのときはあまりに盛り上がりすぎていて、私ごときが話題にするのはおこがましい気がしていた。
私はモデルである三淵さんに特別の思い入れもなかったし、裁判官の話にも興味が無かったから。

でも放送されたのがちょうど今の事務所で働き始めた年だった。
まだ20代の女の子たちがうちの事務所で働いている頃だった。
40代の自分が20代の子たちに何ができるのか、それを考えるきっかけになったドラマだった。

最初はオープニングの映像に惹かれて見始めた。
アニメーションで所謂“振り向き”と呼ばれるような、人物が回転する映像を多用するのは珍しく、実写をベースにアニメーション化しているからこそできる映像だな...と新鮮な気持ちで見ていた。
「そうか、実写で撮っておいてそれを下敷きにアニメーション化したら、アニメーションとしてはこんなに新鮮な映像になるのか」と衝撃を受けたのを強く覚えている。
ドラマの内容に惹かれはじめたのは女子部の面々が本科に進み始めた頃。
オープニングの「さよーならまたいつか!」を聞きながら、士業の世界で生きている自分の在り方を考えさせられた。

あの頃mastodonに書いた。
母の高校~住友生命の同期だった女性の話を。
その人が会社を相手に訴訟を起こすとき、我が家までやってきた。
私はまだ中学生で、その人が訴訟を起こそうとしている意味を全く分かっていなかった。
その人は「あとに続く女性のために、少しでもマシな世の中にしたい」と言っていたのに。
女であるという意味を、私はまだ全然分かっていなかった。

『虎に翼』を見て「さよーならまたいつか!」を聞いて、そしてうちの事務所を辞めていった20代の子たちを思い出して、いま思う。
私は恵まれている、と。
資格取得を諦めるしかなかった人達がどれだけいただろう、と。
家族の世話、家事、育児、介護etc.
当たり前のようにケアを期待され、その結果、自ら資格を得て働くことを諦めた人達がどれほどいただろう、どれだけいるのだろう、と。
私の資格は私だけのものではないのかもしれない、と。

5月末で辞めた人に言われた言葉を嚙みしめる。
「税理士になってください。数少ない女性税理士になって活躍してください」
社交辞令であっても、あの言葉は私には重かった。
自分の恵まれた立場を自分のためだけに消費してはいけないと、突きつけられた気がする。

ここ数か月、ボスから何度か登録を進められていた。
私自身も迷い始めていた。
そして今日、また登録を進められた。
来年1月、いまの事務所で働き始めて3年になるタイミングで登録すると、そう約束した。

何が変わるのか、何が見えるのか分からないけれど。
一歩前に進むときなのだろう。

 ~誰かを愛したくて でも痛くて いつしか雨霰
  繋がれていた縄を握りしめて しかと噛みちぎる
  貫け狙い定め 蓋し虎へ どこまでもゆけ
  100年先のあなたに会いたい 消え失せるなよ さよーならまたいつか!~

財布

台風が接近している。
明日朝、近畿圏に最接近するらしい。
そんな嵐の前の静けさだから…というわけではないが、書きたいことがいくつか溜まっていたため今日は2つ記事を上げようと思う。

先週から何度かボスと話す機会があって、いろいろな話をしている。
もちろん仕事の話なのだけれど、そこから思い浮かぶことは仕事のことだけではなく。

加藤紘一の『テロルの真犯人』の中にこんな記述がある。
“1972年7月5日、福田赳夫氏との激しい総裁選を制し、田中角栄氏が自民党総裁に決定した。その直後の記者会見に臨んだ角栄氏は、居並ぶ記者の1人から以下のような質問を浴びせられた。「国民はいま、7年間続いた佐藤栄作前総理の政治に倦んで何らかの変化を求めています。しかしその佐藤政権で幹事長を務めたあなたは、佐藤前総理とどこが違うんですか?」それは暗に「あなたはしょせん、佐藤前総理の亜流にすぎないのではないか」といわれたようなものだった。すると彼は一瞬にしてキッと居直ったような表情になり、「いいですか、一軒の家でも財布が親父から息子に移ると、やり方も変わってくるんだよ」と答えたのである。その会見をテレビで見ていた私は、「さすがにうまいことをいうもんだな」と心底感心した。”(加藤紘一. テロルの真犯人 日本を変えようとするものの正体 (講談社+α文庫) (pp.95-96). 講談社. Kindle 版.) 

いま私が担当している法人の中には代替わりを数年内に控えているところ、代替わりして数年経ったところがいくつもある。代替わりに伴って契約解除されてしまった担当先もあった。
代替わりが迫ってくるとそれまで見えにくかったゴタゴタが表面化したりして、どこも一筋縄で行きそうもない。
そして上手く代替わりしたように見える法人であっても、ボスの目から見たらいろいろ思うところはあるようで。

そんな顧問先の話をしていて、私の頭の中に加藤が紹介した角栄の言葉が浮かんだ。
―財布が移ればやり方も変わる―
それはそうなのだろう。
避けようのない事実なのだろう。
だが財布を受け継いだ本人はともかく、周囲は急激な変化についていけない。
穏やかに緩やかに変えるか、或いは出血を覚悟して一気に変えるか。
中途半端に変わるのは一番得るものが無いのかもしれない。
そんなことを考える。

周囲の人間の立場ではこう思う。
「大国を治るは小鮮を烹るが若し」
加藤の師・大平正芳が好んだというこの言葉。
翻弄されるしかない立場としては、穏やかに丁寧にしてもらえる方が安心できる。
だがあくまでもそれは周囲の人間の勝手な希望。
穏やかで丁寧な手法が経営者として正解である保証は無い。

いずれ、うちの事務所にもそのときはやって来る。
“財布”がボスから副所長に移る日が。
来てほしくないとどれだけ願っても、時の流れを押しとどめることはできない。
そのとき私はどうするのだろう?
いまはまだ何も浮かばない。
きっと、そのときそのときで最善と思われる道を選ぶしかないのだろう。
その選択がどれほど辛く苦しかったとしても。


追記
私はいまの事務所に入った頃からずっと、事務所の構成や状況を“帝国華撃団”だと思って見てきた。ボスはもちろん米田一基で、副所長は大神一郎のようなもので。
いまはサクラ大戦での「サクラ大戦4-恋せよ乙女-」の時期なのかもしれない。
本当はまだまだボスの背中を仰ぎ見ていたいと思うのだけれど。
それはもう許されないのかもしれない。