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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

動けない

来週の半ば、いまの事務所を離れる
そしてその翌日からは新しい事務所に向かう
だからするべき準備も沢山ある
しなければいけないことが沢山ある
だけど…
体が鉛のように重たい
動けない

体にムチを打って今の事務所に入社したときにもらった書類を探す
次の事務所の入社日に必要だから
出てきた書類を見る度にベソをかく
辞めるとき、これほど泣きながら辞めた職場はなかった
それだけこの事務所は私にとって特別だったし、おそらくこれからもずっと特別な場所になる



ここ3ヵ月ほどずっと体が重い
仕事のある日は大丈夫でも、土日になると途端に重くなる
「辞めます」と言ってからずっとそう
前までは土曜日出勤を繰り返していても、土曜日の夕方から日曜日にかけて溜まった家事を片付けるのも本を読むのも全く苦痛ではなかった
でも退職が決まってからは日曜日に動く気になれない
やらなければいけないから進めているけれど、体がとにかく重たい

一時は自分自身、鬱の再発を疑った
だけど自分の行動を確認したときにとても再発したとは思えない状況で
食欲も普通にあるし(一時期はかなり落ちたけど)夜も一応は眠れているし
音楽を聴く気持ちもあるし、小説も読むし仕事の本も読む
だからメンタル不調とも少し違う

この2年2ヵ月ほどずっと、肉体的な疲労を無視して精神力で無理やり体を動かしてきた
長男坊の癌がわかってからずっと
その蓄積された疲労が、いまになって表に出てきてしまったのだろう
私を駆動させてきたガソリン=「今の事務所でずっとやっていきたい」「もっと良くしていきたい」という気持ちが切れてしまったから

理性の部分で考えている
当然だ、と
あんな無茶な生活を繰り返していればいつ倒れてもおかしくはなかった、と
心の部分はまだ駄々をこねて泣いている
嫌だもっと続けたかった、と



10月は土日を休息とメンテナンスに充てなければならないだろう
新しいことを覚えなければいけないし、これまで溜め込んできた疲労が抜けきらないだろうから
表のブログの更新を急ぎたいが、無理をして新しい事務所に迷惑をかけるのは本末転倒
だから更新頻度は落ちてしまう

11月からは少しずつ動いていく
寄付関係のセッションで参加したいものもいくつかあるし
今回転職活動をするなかで、大手法人が公益関係に手を広げたがっている意図もいろいろ見えてきたから
自分の将来に繋がる手応えがほんの少しだけある

そして12月は…
イベント事の多い月はだいたい精神的に不安定になりやすいから
やり過ごして体を労れたら御の字
年末年始をどうするか、母とも相談しなければいけない(おせちとかお雑煮とか)



自分の先が全く見えない暗闇で手探りで
不安しかないけれど
体を休めれば心のエネルギーも戻ってくるはずで
そうすればもっと落ち着いて先のことを考えられるようになるはずだ

年内は助走期間
年が明ければそこから半年は繁忙期
まずは初めての繁忙期を乗り切るところから
最初を乗り切って、次の事務所での仕事の全体像が見えてきたら、将来に向けて準備を始める
いま試しているAIの実務的な使い道ももう少し深掘りしていきたいし、公益関係への理解も深めたい
そして何よりも、仕事と自身のメンテナンスとの両立方法を確立しておきたい

私に残されている時間はあまりないかもしれないから

1つ終わり

最後の土曜日出勤
朝から誰もいない事務所で机拭き
「この人の机はいつもきれい」「この人はいつもノリの跡を付けてる」「ここのデスクマットは前の人からずっと汚れやすい」
そんなことを思いながら、ブツブツ呟きながら拭いてきた

ボスとの約束の宿題もだいぶ減った
ボスがいなくてもできることが溜まってて、いないと進まないことは…
まだ手を付けられてないやつが残ってる
チェックしてもらえるチャンスはあと1日
たったの1日

同僚の(先輩の)彼と約束してたExcelシートはひとまず完成
うちのチームリーダーと約束してる(正確には先方と去年の4月頃に約束した)Excelシートの修正は半分ほど終えた



来週の今日、自分が何をしているか想像もつかない
でも少しずつ馴染まないといけない
いまの事務所のボスや上長sに拾ってもらったように、次の先生にも拾ってもらった恩があるから
だから、ちゃんと恩返ししなければいけない

いまの事務所に対して何の恩返しもできていない私が、いったい何を…とも思うけれど
精一杯働くことで何かを返していくしかない



そして
私は
今度こそ約束を、誓いを守りたい

信じることも夢見ることも約束することも誓うことも
すべては私が勝手にしたいからすること

自分を守るために最初から諦める生き方をやめにしたい
やめにしなければ、私は何も変えられない
変わらなければ、私はいつまでも自分を憎悪し続ける

だから
今度こそは
自分から諦めない
その結果が叶わなくても
諦めなかったこと、信じ続けたことに意味があるはずだから




最後の土曜日出勤

ついに来た
今日が最後の土曜日出勤
泣いても笑っても今日が最後
カウントダウンは止められない

最後の机拭きをする
全員の机を
平日にはできない私なりの“儀式”

行ってきましょう

今日が終われば
あと3日

無理

ネガティブな感情が溢れていてうまく言葉に包むこともできない

花田さんの声が聞きたい
花田さんに「全部忘れ」と言われて背中を押されたとき、捨てられたと思った
親心だと思おうとしても捨てられたのだと思った
だからいま花田さんの声が聞きたい
花田さんの明るい笑い声を聞いて、もう一度一緒に笑いたい
いまの私を見てもらって、もう一度名前を呼んでもらって
そしてゆっくり話がしたい
西田さんのことも、港のことも

いま帰りの電車で
毎日毎日泣かないようにするだけでいっぱいいっぱい
涙目になってるから、たぶん周囲からは分かると思う



新しい事務所への希望?
そんなものはない
5月頃から目の前に突きつけられ続けていた絶望から逃げ出すためのただの逃避
進むしかないから、片付けも入社用の準備も進めているけれど
明るい未来に向かって歩いているわけじゃない
自分で決めたことの落とし前をつけているだけ

今日はこれまでいただいた名刺を処分してきた
最後のメモ用ノートも処理した
事務所用に置いてあった老眼鏡も持って帰ってきた
いま事務所に置いてある私物は電卓と歯磨きセットとスリッパ代わりの緩いシューズ
それだけ
いつでも消えれる
事務所の鍵と保険証さえ返せば

そして次の事務所の入社日に必要な住民票の写しも用意した
淡々と、黙々と
時間は止まらないから



「夜明け前が一番暗い」という言葉を私は信じていない
14年前のメーデーから始まった暗闇はいまだに明けない
資格なんかで埋め合わせられるような闇じゃない

なぜ私は心を開いてしまったのだろう
なぜ閉じたままそれらしい人間を演じてやり過ごさなかったのだろう
なぜもう一度人を信じたいと思ってしまったのだろう
心を開かなければ、こんなに辛い思いをせずに済んだのに



それでもいま何とか立っていられるのは、ささやかな夢を抱きしめているから
恐らくそれは叶うことのないただの夢想で
私の勝手な妄想でしかないのだけれど
私が勝手に誓っているだけなのだけれど
その小さな夢想が私を立ち上がらせてくれている

私は誓う
でも縛らない
私の身勝手な想いだから
だから絶望と隣り合わせの夢想を抱きしめて歩く
歩き続けていけば…



あと4日
平日だけならばあと3日



さよーならまたいつか

まだ心が乱れていて上手くまとめられないのだけれど
書くうちに思考が収れんするだろうから、書き始める

2年前の10月、熊本出身の女の子がうちの事務所を辞めた
彼女からの引継ぎのため、2回だけ2人で訪問に出て一緒にお昼を食べた
そのとき彼女からいろんな話を聞いた
その翌月、30になったばかりくらいの男の子も辞めた
彼からも事務所に対するいろんな思いを聞いた
その頃、私はだいぶ苛立っていて、落ち込みつつ諦めを口にするボスに対して、かなり辛辣な言葉をぶつけた
「なぜ動かないのだ」「なぜ変えようとしないのだ」と
いま振り返ると大概な酷いことを言ったと思う

その後、去年の4月に20代のもう1人の女の子も事務所を辞めた
辞めると発表されたのが2月の末
発表後、自分が情けなく申し訳なくて彼女と話した
彼女の抱えていた辛さを感じながら、見て見ぬふりをして彼女を追い詰めた自分の醜さが嫌で
辞めると決めてからでは遅いのに
それでも彼女には最後の日まで少しでも穏やかに過ごしてほしかったから

あの頃、私はこう思っていた
いつかうちの事務所に若い子が、若い女の子が入ってきたとき、自分がロールモデルの1つになれれば良いな、と
キラキラ輝く女性税理士にはなれないけれど、こんなタイプの女性税理士もいるんだと思ってもらえるような、地味でも仕事を続けているタイプのロールモデルになれたら良いな、と
そして、私の背中をパートさんたちも見ているから適当な生き方はできないな、と
あの頃は、ずっとこの事務所で生きていくのだと思っていたから

いま辞める段になって、様々な言葉をいただく
お世辞や社交辞令だとしても、それでも本当にありがたい言葉をいただく
私は頭を下げ、心のなかで手を合わせることしかできない

今日いただいた手紙は一生の宝物にする
以前辞めたパートの方からいただいた言葉とともに、一生の宝物にする

あのときパートの彼女はLINEでこう書いてくれた
「是非敬われる税理士さんへとなって頂き、数少ない女性税理士の益々のご活躍を応援、お祈りをいたします。」
この言葉は私が見失ってはいけない軸
ここまでたどり着けた幸運と恵まれた環境に感謝しなければいけない
ここにたどり着けず諦めざるを得なかった女性たちが大勢いるのだから

 ~したり顔で 触らないで 背中を殴りつける的外れ
  人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る 
  誰かを愛したくて でも痛くて いつしか雨霰
  繋がれていた縄を握りしめて しかと噛みちぎる
  貫け狙い定め 蓋し虎へ どこまでもゆけ
  100年先のあなたに会いたい 消え失せるなよ さよーならまたいつか!~


そう
100年先の“あなた”に会いたい
夢を諦めず羽ばたいていく“あなた”に会いたい
そのために私はいまを精一杯生きていく
その先に“あなた”達が羽ばたく未来があると信じて

そして...
私自身も夢を諦めない
私からは諦めない
“人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る”



連休最終日

朝から血小板供出してきた
「血漿と血小板、成分献血はどちらでもよろしいですか?」と聞かれて「できたら血小板でお願いします」のやり取り
毎度毎度くり返される
献血ルームの人に顔を覚えられつつある

そりゃそうだろうな
わざわざ大阪から電車に乗ってまで献血に行って
しかもほぼ毎回血小板献血希望で
更には、常に血小板数値が高いんだから
「良い数値ですね」とか毎度言われるけどさ
臓器取る前から血小板と白血球は上限ギリギリだったのよね
取ってからは数値オーバーが常態化
(白血球は正常値内に落ち着くときあるけど)
こんな体でもお役に立てるなら幸せ
そして献血のために無理をセーブするからちょうど良い
(これでもセーブしてるつもり)















さて、近くの町中華でレバニラ食べて事務所に行きましょう
祝日出勤は今日が最後
本当にあとわずかの貴重な時間
まだ事務所を辞める実感がわかないけれど
でもその方が幸せかもしれない
実感わいたら涙止まらないだろうから

私は本当に、この事務所もお客様も仕事も全部、愛してる

























2026年9月23日・21時12分写真追加

Running Forward

この間の日曜日、適当にテレビを流していたらイントロが聞こえてきて
それで気に入ってダウンロードした
Renの『Running Forward』

最近は本当に音楽聴かないから、全くアーティストが分からなくて
調べてみたら長渕剛の次男だった

メロディも歌詞も気に入ってるけど
何となく、ちょっとだけモヤる

こういうときにブルデューとか浮かべてしまう私は変態なんだろうなぁ
“ブラッドスポーツ”は競馬だけでお腹いっぱいなのよね
(それですらステイゴールド産駒みたいな変態馬達を愛でている時点で…)



私は戦後民主主義国家・日本が大好きだから
“最も成功した社会主義国家”と揶揄されようとも
だからこそ「遺産相続者」的ななにかには敏感になってしまう

決して豊かとはいえない家庭に生まれても公教育によって道が開かれていると信じられていた時代の、日本社会の“共同幻想”を、今でも信じたい人だから
そうでなければ
もしも生まれ落ちた瞬間に人生の上限が決められる社会ならば
……救われない

私は2つの家の格差を身を持って感じながら育った
だからこそ、戦後民主主義国家・日本が掲げていた“理想”に希望を持つしかなかった

父の両親は2人とも高等小学校卒業
祖父は進学したくてもできなくて、徴兵後に軍属として陸軍に留まった人
祖母は学校卒業後に東京の軍事工場まで出稼ぎに出されて、そこで空襲を経験した
5人兄弟のなかで大卒は父だけ
父方の従兄弟7人で私以外に大卒はいない(大学入学自体が私だけ)

母の父は(前にも書いたけど)開成中学から早稲田の英文に入学し、社会主義運動に手を出して特高に捕まり、養子先を勘当されて大学中退になった人
満州で何度か徴兵検査を受けたけれど、高齢(40歳過ぎ)と虚弱を理由に徴兵されずに終戦を迎えた
母方の祖母は土佐高女を卒業し代用教員を数年勤めたこともある人
母も5人兄弟だけど、4人が大卒
母方の従兄弟13人で大卒10人、大学中退3人

父方も母方も私にとっては大切なルーツ
でも2つの家を見比べたとき、終わったはずの大日本帝国時代の格差を意識せざるを得ない
そこにあるのは“能力”の差などではない
もっと無意識の差
当たり前に大学に入るものと考えている家庭と、大学になど入る必要はないと当然の如く考えている家庭の差
その差が、世代を超えて格差を再生産させているから

だからこそ
せめて制度や社会の理想だけは、全ての人に道を開いていてほしい

私がパブリックセクターに特別な思い入れを持つのにはそういった背景がある

私自身、銀の匙をくわえて生まれてきたとは思わないけれど
それでも周囲の無意識による抑圧によって道が閉ざされることはなかったから
(父はかなり私の進路について介入してきたけど)
(母方の伯父達の“血縁”という後ろ盾があったから押し切った)

家庭の事情で親もとを離れて過ごさなければいけない子どもたち
親の都合でさまざまな体験を諦めざるを得ない子どもたち
そういった子たちにも未来が開かれた社会であってほしいし、そういった社会にしたい

大阪の片隅でワチャワチャやってるだけのおばちゃんに何ができるかわからないけれど
できることを少しずつ1つずつ
















以前Blueskyに投稿した内容を転記しておく
これは男女平等について書いたのだけれど、社会を少しずつ前に進めるときの考え方は、いつだって同じだと思うから

“心が辛くなったら『さよーならまたいつか』を聴く
自分の立場を考える

「賽の河原に石を積む」という言葉がある
無駄な努力の例えと言われる
究極的な男女平等は望めないのかもしれない
無駄な努力かもしれない
それでも

石ですらない砂粒程度でも私に積めるものがあるのならば、賽の河原に積もう
例え鬼に踏み潰される運命だったとしても
いつかその砂粒の山が何かを形作ると信じて”
















追記(2026年9月23日)

なぜ私がこれほどまでにブルデューにこだわり、パブリックセクターや公教育に思い入れを持つのか考えている
23年前、母方祖母の葬儀の際、喪主であった一番上の伯父がこう挨拶した
「私たち家族は地域の皆さんのおかげでここまで来れました。皆さんがパンを買ってくださったおかげで、私達はこうやって立派になれました。皆さんの力がなければ私達はいまこうしてここにいません」と
私自身が“パン屋の孫娘”として地域の人達に見守られながら育った
叱られたり褒められたりしながら
両親は私のことを“使える手足”として、20年以上時代遅れな子育てをした
それに対する歯止めとなってくれたのが伯父達であり、地域の人達であり、そして高1のときの担任・上田守先生だった
核家族の閉じた世界だけしかなかったならば、いまの私はなかった

では私のような「社会関係資本」をもたない子どもたちはどうなるのだろうか?
誰が親の歯止めになってくれるのか?
私にとっての一番上や二番目の伯父のような存在がなければ、その子たちはどうなるのか

誰であっても、どんな境遇に生まれた子どもであっても守られてほしいと思う
そういう日本であってほしいと思う



再追記(2026年9月26日)

今年の同窓会の会報を見直していた
総会の開催が近付いてきて、今年も不参加だな...などと考えながら
勤務先として今の事務所を登録してたから、もう少ししたら変更の連絡をしないとな、と思いながら

会報のなかに教職員異動の欄内に「訃報」という項目がある
そこで上田守先生の名前を見つけてしまった
亡くなられていたとは知らなかった
異動されたとき、転出後の挨拶には戻って来られなかった
だから感謝を伝える機会がなかった
あのとき上田先生が「放課後に家業の手伝いをさせるな。子どもの将来を捨てるつもりか。子どものことを思うならば勉強できるようにしろ」と家まで来て言ってくれなければ、たぶんうちの親はあのままだった
特に父は
学校で授業さえ受けていればどうにかなるだろう、と本気で考えていたから

想いは、感謝は、そのときに伝えなければ手遅れになる
いままでずっとそうやって後悔してきた
そしてまた今日も後悔している
いまの大切な人たちには、後悔しないようにちゃんと伝えたい
感謝を、そして想いを

敬老の日

今日は敬老の日
昼過ぎから母の用事をいくつか済ませた
この家に残っていた母の荷物を運んだり、前の家に置いたままだった私の荷物を持って来たり
前の家の家具の配置について母の希望に合うよう多少は動かしたり

それから
今の事務所を辞めることを伝えてきた
かなり驚いていた
母も私がずっと今の事務所で働き続けると思っていたから
母はボスのことを(私からのまた聞きのはずなのに)私以上に評価して信頼してたから
だからそれなりにショックを受けていた
「いまのとこで来年にでも税理士登録するんやと思ってた」と言われた

そりゃあね
私自身がそのつもりだったから
母と別居した今年の2月頃、うちの事務所でずっと働くと信じて疑わなかったから
5月の限界が来なければ、たぶんずっと働いてただろうから
(何度でも書くけれども私の退職理由はボスじゃないし上長sじゃない)
(社福チームの特定の誰かさんの言動だし、社福チーム外役員からの心無い言葉で気持ちが完全に折れたのが原因)
(そしてそれを私は隠していない)
(原因を聞いてきたパートさん達には詳細を話してあるし、エージェントにも面接先にも伝えてあること)
(外部からは「そういった言動を抑えられない上が悪い」と言われたけれど、2人とも上がどうこうして抑えられるようなタマじゃないと思ってるから、私は上の人達にどうとも思わない)

思い出せば腹が立つし悔しいから、普段は考えないようにしているけれど
正直「馬鹿らしい」とは思う
なぜ私が事務所を去らなければならないのか…という思いは拭えない
でも同時に、私がこの事務所に対してできる限りのことはしたな、とも思う
事務所内の人間関係が壊れないように、多くの人が潰れないように、自分なりにできることはやりきった1年7カ月だったな、と
それはただの自己満足でしかなかったのだし、それこそ役員の彼からは「ありがた迷惑なんだ」的な発言も直接ぶつけられたので
(その結果、私は5月下旬にかなりヤバい状況にまで追い込まれたから)
私が去るのは事務所にとってきっと良いことなのだ、そう納得させようとしている
私が去ることでうちの事務所と社福チームはきっと素晴らしいものになるのだ、と
そう自分にいい聞かせている

先日ランチをともにした前チームリーダーからこう言われた
「辞めたら他人だから、気にしたって仕方が無いよ」と
「考えたって仕方ないでしょ、もう他人なのに」と
そう割り切れたら良いのだろうけれど、私には難しい
でも今の“憎しみ”を抱え続けるのも不毛だと思う
彼女にしろ彼にしろ、あの生き方やあの言動を変えるはずもないのだし
変わろうが変わるまいが、私の人生には何の影響もない人たちなのだし
だったら事務所ごと“他人”と思ってしまえば楽なのだろう
そう思えれば楽なのだろう

それでも...
出会えたことに感謝したい人たちがいることも確かで
この縁を失いたくないと思える人たちがいるのも確かで
だから上手く割り切れない
それくらい大切な人だから

結局母には上手く理由を説明できなかった
なぜ今の事務所を辞めるのか
何がそうさせたのか
社福チームのこと、言われた言葉、いろいろ話したけれど、まだ自分自身を納得させられていないから

母が最後まで心配したのは税理士登録のことと今後の働き方
親は親なのだなと思う
お返しは本当にささやかなごはんだったけど、少しだけは敬老の日らしいことをできたかな


2026.9.21 19時 追記
予定していた作業を今日中に終えられたから、明日は朝から事務所に出ようと思う
表のブログ記事を書く時間にあててもいいのだけれど
正直かなり煮詰まっている
(1つの記事なのにボリュームが...多くなりすぎてて...)
アップするまでにはまだ時間がかかりそう
自分のブログに時間を割くくらいなら、残りわずかな事務所での時間に使いたい
あと10日もしないうちに、私はあの事務所のあの机に座れなくなるのだから
あの席から見える景色も、あの席で聞こえる音も、あと数日だけ
明日誰もいなくても、むしろ誰もいなければ、あの席で過ごした時間をしっかり振り返りながら、ボスからの宿題を進められる気がする
そして明日宿題の進捗がよければ、水曜日は献血だけで体を休められるだろうから

久しぶりの会話

昨夜、母と久しぶりに電話で話した
昼頃と夕方に電話したとき繋がらなかったのは寝ていたかららしい
まだ同居しているときからその傾向が出ていたけれど、昼寝の時間が増えているようだ
それに昼夜も逆転しつつあるらしい

私との同居を嫌がるのは前からで
ある種の口癖で「私に不満があるなら出ていけばいい」とよく言われていた
特に東京から帰ってきてからは
「猫連れて出ていってもらっていいよ」とか「あんたらだけで新しい家に引っ越せば?」とも
だから、ある意味母なりにいまの生活は快適なようで

かつての母は祖母(実母)からいろいろ頼みごとをされるのが苦痛だったらしい
だから彼女曰く「あんたに負担をかけへんように親なりに気を遣ってんねん」なのだとか
“親孝行したいときには親はなし”と言うけれども
そもそも親孝行させてくれない親との関係はどうすればいいのだろう

月曜日が敬老の日であることもあり「何か希望は?」「食べたいものは?」と聞いても「無い」「いらん」ばかりで
こういうやり取りも以前から
親孝行をさせてくれない人
昔はもっと出かけることを厭わない人だったけど、後期高齢者になったあたり(父と別れた頃)から外出を嫌がり、私も含めた人と会話すること自体を嫌うようになっていた
それでも日経は読むし日経+9(いまの日経NEXT)やWBSは常に見ていて、投資を楽しみにしていた

日経を読まなくなってきたのがここ2年ほど
80歳を超えて一気に変化した
本人もその自覚があって、何度か近所のかかりつけ医で簡易の認知症検査を受けた
(同居家族として同席した)
認知症検査もそうだけど、医者に行くとすごく意識がはっきりして
20年以上前に亡くなった祖母もそうだったから、あれは人間誰しも起きる現象なのだろう
そのため「認知機能に異常なし」と何度も言われてきた

ただ、昨日の話の感じでは、脳よりも心臓が悲鳴を上げているようだ
浮腫みが最近酷いと言っていた
(同居時から酷かったのでその話をしたら「それも忘れてるわ」と本人なりにショックを受けていた)
祖母が軽い心筋梗塞を起こしたのが80代半ば
母もそれと変わらない年齢になった
祖母はそれほど浮腫んでいなかったから、母の方が状況は悪いかもしれない
そもそも祖母は、体が動く間は常にどこかに出かけたい人だった
距離が歩けなくなっても、近所の神社の桜を見に行ったり、奈良まで墓参りに出かけるのが好きだった

母の体はそもそも難病を2つ抱えているし、それでいて鬱的な症状(もしかしたら認知機能低下)も出ている
ある程度の覚悟は必要なのだろう
今年は母と1つしか変わらない義叔父が亡くなった
我が家にもいつそのときが来てもおかしくない

ハルシネーション

前々から危惧されていたことだけど
やはり起きたか(未遂で良かった事案)

米軍の情報関係者が生成AIにレポート作らせて、それが全く間違った結論を出した結果、米軍が中国船に“臨検”かける寸前までいっていた…と
https://news.jp/i/1473810070062515120

AIはちょこちょこ間違える
それも自信満々に
ニッチな分野ほどよく間違える
だから信用できない
(過去に社会福祉法人の消費税区分で堂々と間違えてきた)
(e-Govの法令文を貼り付けて間違いを指摘しても抵抗したから、奴らを基本信用していない)
(奴らは検索窓代わりか、或いは、私的なお遊びにならば安心して使えるけれど)

以前も書いたが、生成AIに何を生成させ、何を答えさせるのか
使う側の能力が試される世界になっている
安易に生成AIを使った場合、その出力の嘘をちゃんと人間側が見抜ける体制が必要だ
そしてAIに極力ウソを出力させないよう、ちゃんとしたプロンプトを入力できる人材が必要になる
その準備ができないなかで無理にAI活用に踏み切ると大やけどを負いかねない

大丈夫かな…うちの上の人たち



それはそれとして
アニメ業界にいたときの会社名がAIだったんだよなぁ
いまはもう存在してないみたいだけど
懐かしい

うちの事務所の同僚(パートさん)に、私がアニメ業界にいた同じ時期に私の会社の最寄り駅辺りで生活していた方がおられて
結構その頃のことで盛り上がった
どこにLAWSONがあったとか、駅前のバーミヤンで何が好きだったかとか
駅から少し行ったところにあるイオンモールの話とか(私は横を通ったことしかなかったけど)
或いは石神井公園の話とか

彼女とも“縁”を感じるから離れるのが本当に寂しいし悲しい
(相手はどう思っているか分からないけど)

“縁”について思うところは沢山あって
またそのうち書くかもしれない

AIの話から何やってんだか…😮‍💨
事務所のリモート作業がとりあえず終わったおかげで
息抜きがてらのAI話から流れて昔話でした

終われる…?

おそらく、ほぼほぼ間違いなく
終わらない
目標としていたことが完了しないままに、事務所を離れることになりそう
リモート作業できるようにしてきたから今夜は表ブログの更新を小休止して作業進めないと
(さすがに月火は休みを入れようと思ってるけど…どうなるか)

明日は朝っぱらから歯医者
せっかく事務所近くまで行くので〜、からの休日出勤は何度目だ?
今夜から明日にかけて次男坊くん放置プレイになるな
滅茶苦茶怒られる
彼はステゴ産駒ばりの狂気に満ちた怒りの表現をするので怖い
(分かる人には分かるけど、フェスタジュニーナみたいなところがあるのよね、うちの次男坊)

月火は既に母との予定を入れてるから変更するとなると面倒だし
削れる予定は読書タイムだけだよな
すごく嫌だけど

今日は(今日も)事務所の机拭きをしてきた
それから不要資料の廃棄とか、必要資料の整理とか
もともと事務所備品に自分の名前シールを貼ってもらってたんだけど、それを全部剥がしたり
事務所に置いていた文房具を持って帰ってきたり
もちろん仕事もしてきたけれど
他の人がいないうちに机周りの片付けを進めた
こんなことができるのは、あと2,3回だけだから
他の人がいる前でいなくなる準備をするのは申し訳ないから

いろんなことに追われているけれど
この事務所を離れるときくらいは綺麗に終えたい
それだけ感謝してるし、ずっと大切に思ってるから


ボスは今日も事務所に来ていて
なぜかいつも恐縮してくださるけれど
私は私なりのケジメとしてやっているから、できれば気にしないでいてもらえると嬉しいのにな

ボスにした「事務所を辞めない」という約束を破ったこと
自分で立てていた「ボスが存命のうちは事務所を盛り立てたい」という誓いを守れなかったこと
自分の中途半端さと情けなさを痛感している
だから最後だけでも綺麗に、と思ってるだけで
その意味でただの自己満足だから
ボスにとっては何の足しにもならない私の自己満足でしかないから
恐縮されると“いずい”

でもこんな何気ない会話ができるのも、あと数日
うちの事務所でできた縁を失いたくないと思うのは、きっと身勝手なのだろう
自ら辞めると決めたのだから
でも想ってしまう
願ってしまう
もう一度…と

こんなにも気持ちのよい同僚たちに出会えたのも
こんなにも温かいお客様に出会えたのも
こんなにも楽しい仕事に出会えたのも
全てはボスと上長sのおかげ
感謝してもしたりない

いまボスにも上長sにも、そしてうちのチームリーダーにも手紙を書き始めているけれど
書くたびに泣いてしまう
きれいな言葉にまとめられなくて
気持ちが溢れてしまって

そんなこんなで最近は睡眠不足
だから作業効率が落ちてる

平日だけであと5日
休日出勤予定を入れてもあとMAX8日
時間に追われ、仕事に追われて
予定した業務が終わらない




中途半端

やることが何もないわけじゃない
宿題はまだまだ残っていて、その意味では時間が足りない
ただ自分で意思決定できる範疇を超えているからボスの指示を待つしかない
それと細切れ時間に充てられる仕事が減っていて、手を付け始めたらかなり時間がかかりそうなものばかり
いろいろと中途半端

今日は完全定時退勤してきた
いてもやれることが少ないし、その程度のことなら家からリモートででもできるから
そしてボスがいない、捕まらない状況下でも進められる作業は、キープしておかないと
(最終週、ボスを捕まえるのは無理だろうから)


世間はシルバーウィークで浮ついた感じもするけれど
私とは無縁のこと
土日はフルで出る予定だし、必要ならば月火も半日だけ出ようと思っている
水曜日だけは献血予定が優先だから無理だけど
それに…
表のブログ用に租税法律主義とか租税法に関する入門書を読んでおきたいし
そして、昨日買った『幽冥の岸』も読みかけの能面検事シリーズも読み終えたいし
(いつになったら課題図書読むのやら…)

あれ?時間全然足りないんじゃ…?

家に帰ったら、まずは表のブログに記事アップしよう
そして今日くらいは早めに寝よう
シルバーウィークには、前の家の片付けや母との相談(法人清算と介護のこと)も待ち構えてる
これからが一番忙しい1週間だ

ほんと中途半端なくせに中途半端に忙しいんだよな、私



蹲(つくばい)

今日も考えることが多くて
感情も理性も限界寸前で
でも今日だけは十二国記の新刊『幽冥の岸』を買いたくて
それで三宮センター街のジュンク堂に向かった
本当は旭屋で買いたかったのだけど…定休日だったためやむを得ず

人との出会いや付き合いは偶然であり、そして奇跡のようでもあり
そんなことをツラツラ考えた
お客様に感謝のメールを送りながら


前から何度も書いているが、私はいまの事務所を辞めたくなかったし、辞めずにずっと続けていくのだと思っていた(思い込もうとしていた)
でも少しずつ感じている
私はこの事務所の異物だったのだ、と
ここは止まり木であって終の住処ではなかったのだ、と
悲しく辛く寂しいことだけれど

ボスの言うように、私には独立が向いているのだろう
異物が異物のままで存在できる場所は自分の事務所しかないのだろう
人と群れたい触れ合いたいと強く願い望んでも、私には叶わぬことなのだろう
上手く妥協できずにぶつかり続ける
私とはそういう人間なのだろうから


“吾唯足知”


小学6年くらいの頃から龍安寺が好きで、小中高の頃は休みの日に1人で龍安寺まで出かけていた
嵐山で降りて天龍寺から大覚寺、大沢池から広沢池の横を通り、仁和寺にお参りしてから龍安寺まで
嵐山駅からは全部徒歩で
龍安寺で石庭をただ眺めて、そして満足してバスに乗って河原町まで戻るのがいつものルートだった
いまは観光客だらけと聞くから行く気にもなれないのだけれど

話を戻す

いま自分自身に言い聞かせようとしている
「吾唯足るを知る」と
受け入れるしかないのだ、と
叶わぬものは常にあるのだ、と
そう言い聞かせることで自分を納得させようとしている
そう言い聞かせることで、叶わなかったときの傷を浅くしようとしている
最初から諦めていれば叶ったときは嬉しいし、叶わなかったときは自分を嗤ってやり過ごせるから

龍安寺の蹲の意味はわかっている
決して私がやっているような、自己防衛用に物分かりのいいフリをするための言葉ではない
でも諦めなければいけないと思うから
自分に言い聞かせるための言葉がほしい


それでも
それでも
私は想い願ってしまう



引退

朝、NHKのデータ放送でニュースを確認していたら「柴田善臣 引退」の文字が
ちょっと、いやそれなりにショック

フェスタからの流れもありナカヤマナイトと柴田善臣のコンビを結構応援してた
共同通信杯勝ったあとはこのままGⅠ馬になってくれると思っていた
まさかあの後東日本大震災が起き、ドリジャの全弟が覚醒し、変則東京開催の皐月賞からダービー、そして菊まで勝つとは思っていなかった
ナイトくんは後年“中山専用機”と言われたけれど、初めて勝った重賞が共同通信杯だったのは声を大にして言いたい
(ちなみに私は馬券買わないマンなので当てたから応援してた訳じゃない)

史上初の泥んこ(不良馬場)ダービーで4角から直線に向かうとき、ナイトでオルフェを蓋しにいって弾かれた挙句突き抜けられたのは、今となってはいい思い出
ダービー取ってほしかったな…善臣さん

フェスタの訃報からこんなにすぐ善臣さん引退の報が流れるとは思ってなかった
いろいろな意味で今年は“お別れ”のタイミング

フェスタやナイトとの関係でいえば、二ノ宮敬宇元調教師の引退があまりに唐突で
昨年二ノ宮先生の引退理由を知ってから、とにかく「みんな、人馬ともに無事引退を」と願っていたから
その意味では善臣さんの引退にホッとしてる
(藤岡康太の件は言うに及ばず、二ノ宮先生だってまだ回復途上だし)
(二ノ宮元調教師の引退についてはこちらのウマのお坊さん徒然日記参照)
(調教師時代の二ノ宮先生は、まるでうちのボスみたいだ...)

人は脆くて
あっけなく命を落とすし
気付かないうちに心を壊すから

善臣さんは無事引退できて良かった
しかもJRAのアドバイザー就任まで発表されて
さすがは“先生”

しんどいことが続く毎日のなかで、ほんのちょっとだけいい話🥰


余談だけど、うちの次男坊くんの名前は美浦所属だったステイゴールド産駒のGⅠ2勝馬から付けてるのよね
本猫は気にもしないだろうけど

しかし…
これが100本目の記念投稿なのに、よりによって善臣さんネタからのステゴ産駒オチとか
私らしくて良し

何度でも

何度でも感謝している
何度でも頭を下げたい
この奇跡のような出会いに
この奇跡のような時間に

前にも書いたが改めて
十二国記の慶東国王陽子の言葉
「人はね、景麒。真実相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときは、自然に頭が下がるものだ。礼とは心の中にあるものを表すためのもので、形によって心を量るものではないだろう。」

まさにこの気持ち
誰に感謝し誰に頭を下げれば良いのか分からないほど、いまの奇跡をありがたく思う
そしてこの2年9ヶ月ともに過ごしてくれた人々の幸せを、ただ祈る


いまはまだ心が落ち着かなくて
加藤紘一の言葉に包まれたいと思うほど心が揺れて弱っている
自分の感情の処理ができなくなったとき、最後にすがりつく先が加藤紘一の言葉だったりするから
加藤や宮澤、大平の言葉に包まれて、自分の心と頭をイマ・ココから切り離して、自分を落ち着ける
意識的・強制的に解離する
これまでも繰り返し行ってきたこと
生き延びるために身に付けた方法
そのために
加藤の、そして野中広務の座右の銘だった言葉を反芻する
“真実一路”


本当は…今日だって叫びたかった
「辞めるのやめます!」と
でも次の先生やエージェント、そしてうちの事務所やボスの顔に泥を塗るわけにはいかない
そんなことはできない
特にうちの事務所とボスには、絶対に迷惑をかけられない
だから

選んでしまった以上は進むしかない
そして進んだ先に何かが見えると信じるしかない
それが希望や夢である保証は無いけれど
それでも

これから先いつも選択の連続だろう
そのときどきで最も誠実な道、最も真摯なあり方を選ぶよう努めていくしかない
私に残された生き方は、もうそれしかない
悲しく苦しいことだけれど

いつか、いつか、いつか
この苦しみや悲しみ、寂しさを笑って振り返る日が来ると信じよう
これまでの地獄だってやり過ごしてこれたのだから
いまの苦しみ程度、やり過ごせるはずだ




多すぎる

本当に…考えることが多すぎて脳みそがパンクしつつある
せめてこっち(『青の時間』)でくらいは適当にしておかないと

昨日こっちに2本記事アップして、それから表の方に宗教法人関係の記事1本上げて
その余韻のまま仕事に出たから、頭が社福モードに切り替わらなくて難儀した

いませっかく頭が宗教法人モードだから、家に帰ったらまた記事を書かねば
昨日の続きの規則とガバナンスの話
そして、事務所の仕事で引っかかってる資料を探さないと

自宅の宗教法人の本はたいがい事務所の蔵書と被っているはずで
手持ちの本の中に探している記述があったはずだから、事務所でそれを探したのだけれど
結局見つけられなかった
仕方がないから家で探す
こういうとき事務所と同じ本が家にあると便利
(そのために万札飛ばすか?という問題ガガガガ)

作業の内容にだけ意識を向けていれば、悲しさも寂しさも苦しさも忘れられるからね
そういう形でやり過ごすしかない
なんか拓郎の歌にそんな曲があったような気もするけれど…いまはそれに割く脳の余力がない

さてそろそろお家
あとわずかな事務所での幸せタイムのために、今日も頑張りましょう



いつもの

日曜日
昨日退勤するときに事務所のPCの電源を落としたから、今日はリモート作業なし
もともと退勤時に電源落とす癖がついていたのだけれど、今年の社福決算でそのルーティンが崩れてしまい、それ以来ズルズルと仕事をするようになっていた

事務所を辞めるまであと半月ちょっと
「このままでは良くない」
「次の事務所にまでこの状況を持ち越すわけにはいかない」
そう考えてシャットダウンしてきた
(そのせいでボスにメール送るのも面倒なことになってしまって…ム〜😑)

今日もまた次男坊くんとのイチャイチャタイム
猫の時間感覚は人間の4倍らしいから、週イチのこの時間は彼の感覚では“月イチ”なのだろう
彼の残された時間を考えると本当に申し訳ない
お兄ちゃんほどとはいかなくても、彼にも穏やかで幸せに満足して旅立ってほしいと思っているのに…


先日ふと思い出したことがあった
まだ長男坊も生きていて、前の家に住んでいた頃の話
長男坊は家の長い廊下の真ん中にデンと座ったり、そこで寝そべったりするのが好きだった
風の通り道で適温だったのもあるだろうし、ちょうどその辺りが私の部屋の戸の前だったのもあると思う
そして次男坊はご飯前に興奮すると、そのお兄ちゃんを“お百度石”代わりにして廊下をぐるぐる往復するのが常だった

長男坊が亡くなってからこっち、ずっとそのことを忘れていた
次男坊の行動が変わったせいもあったし、私自身が余裕をなくしていたせいもあった
この2年近く、自分がどれだけギリギリだったかを痛感させられた


いつものことをいつものようにする
それがこれほど難しいのだな、と思う
いつものことをいつものように受け止めることも、実はこんなにも難しい
“当たり前の日常”などといっても、それは決して当たり前ではない
そんなことを考えさせられた日曜日


こうやって大切なもの・大切な人を想い続けられる日常を大事にしたい
いろいろなものが失われていくときだからこそ、この想いを抱きしめていたい
叶わなくても、想い続けること、そして自分の想いを信じ続けることだけは自由だから


















(2013年我が家にやってきた初日の長男坊)













(我が家にやってきて1月ほどの頃の次男坊)











(2014年次男坊がきて2ヵ月ほどが経った頃)

高野山の件

いろいろと思うところがあり、ガチでこちらに書こうかと思ったが
渦中のお寺のうち1つの住職が、自ら書いておられるので…
そちらの紹介だけにしておく
私が言いたかったのも主にこれなので
(当事者はよく分かっていらっしゃる)
(しかしとばっちり受けられたのね)
(メディア…😓)

掲載写真のせいで巻き込まれたらしいお寺(恵光院)の方の思いです


あくまでも制度面の話にはなるけれど、これに関しては後で表のブログにも書く

それはそれとして、数字のトリックについて
重加算あわせて追徴税額6,000万円ほど
うち4,000万円ほどが総持院の源泉徴収税額漏れ
となると残りのお寺の重加算税あわせた追徴税額は2,000万円ほど
仮にこれが全部法人税だったとして
宗教法人の収益事業に課せられる税率は所得800万円以下は15%、所得800万円超は19%
一律に過少申告の重加算(35%)が科せられた結果だとして税率19%でザックリ計算すると、総持院以外の残りの申告漏れ額は7,800万円ほど
(一律無申告だとしてザックリ計算なら7,500万円)
(仮に加算税のみ・法人税のみを前提にすればざっくり9,600万円が申告漏れ)
総持院の申告漏れ額9,000万円ほどと足し合わせて「1億円超」という表記と一致しないように感じる
足し合わせて1億7,000万円~1億8,000万円超を「1億円超」と表記するケースは少ないはずだ
恐らくは全てが法人税ではなく、他のお寺でも源泉所得税漏れがいくつもあったのだろう
つまり申告漏れの大半は源泉所得税で法人税はかなり少なかったのではないか

これってNHKのニュースであんなテロップ出してまで「法人税の申告漏れ」と報じる内容だと思います?(ガチギレ)











(スクショでは画面黒塗になるため証拠として画像を写真に撮った)



数字の報道トリックについても悪質だが、公益法人等について、税務当局のこのやり方は悪手だ
そしてそれは行政のあり方を歪める恐れがある
(私は、各社横並び報道、かつ、その範疇から出た詳細続報が無い時点で“大本営発表”と判断しています)
(総持院からの続報も含めて、完全横並びである点はこの報道に対して一定保留する理由になっています)
(総持院などが指摘された源泉税申告漏れなどについて、是認するものではないので悪しからず)

私の主張は
・宗教法人に対する課税強化を図りたいなら正攻法でやれ
・世論煽って流れを作るようなやり方は、最後に行政手続きを歪めて自らの首を絞めるから止めろ
・ノーパンしゃぶしゃぶで“大蔵省”のお取り潰しを食らった省庁が、同じ手を他に対して使うな
・落ち着いた議論が求められる税制に関わる範囲、特に慎重を要する公益法人等に関して世論を煽れば、落ち着いた議論などできなくなるから止めろ
・財政状況からの発信ならば、その財政状況を作り出した政治家にちゃんと責任取らせろ(行政機構が勝手に忖度して世論煽るな)


(2026年9月13日19時写真・文章追加)

会いたい

今日もまた土曜日出勤
あとどれだけ望んでも、土曜日に事務所に出られるのは残り2回
今日もそうだったけれど、これから毎週土曜日は事務所の机を拭きに行く
こういう形でしか私は事務所への気持ちを表せないから
恩返しにもならないただの自己満足だと分かっているけれど続ける

定期も切れて、いまは毎日普通にICOCAで通勤
平日だけならあと10日
残り2回の土曜日と来週日曜日も含めたとして、それでもあと13日
たった13日しか残っていない

定期が無いせいもあって今日はチャリ通
気温も少しマシになってきたし、天気も良かったから気持ちよくサイクリング
事務所での作業を少しだけ早めに切り上げて、1時間弱市内を走ってきた

チャリを漕ぐときはいつも骨伝導イヤホン使って音楽をかけているのだけど、今日はB'zをかけた
「そういえば1年前も同じようなことしたな…」と思い出しながら

事務所のビルの前の駐輪場出て肥後橋に向かい、そこからなにわ筋に出て南下
阿波座を少し越えたところで右折して、今度はあみだ池筋を北上
担当していた会社さんたちの前を通ってきた
左折したら、橋渡ったら、川口や本田から波除だな、なんて思いながら
西田さんに会いたいと何度も何度も思いながら
半ベソかきながらペダルを漕いだ
こういうときサングラスしてるから外には見えなくて便利だ
去年も同じだったなと振り返りながらサイクリングしてきた

去年同じようなことをしたときは、1年後にこの事務所を辞めるなんて思っていなかった
ずっと続けていくと思っていた
少なくともボス存命のうちは、絶対に事務所を辞めないと、強く心に誓っていた
それが私からボスにできる唯一の恩返しだと思っていたから
ボスが事務所のことを心配せず、ご家族と穏やかに過ごせるようにすることが、私のできる唯一の恩返しだと思い上がっていたから

それが今はこの有様
退職まであと数日
悔しくて悲しくて情けなくて
どの感情がどの程度かも上手く切り分けられないほどグチャグチャしている


もしも西田さんが生きていたら、もしも西田さんに会えたら、なんて言われるだろう?と思う
「お前メシ食うたか?」とか「いらんこと考えてんねやったら一緒に映画見に行こか?」とか
たぶんそんなことを言われただろうな、と
あのときも「自分マンガ好きやろ?るろ剣の映画面白いらしいから一緒に行こか?佐藤健格好ええから」と、何度も誘ってくれた
(あのとき一緒に行かなかったことが一番の後悔)

生きていたら、いま会えたら、話したいことが沢山あった
もし生きていてくれたら、いまの状況もしんどさも全部置いておいて、ただ楽しく話ができただろうに、と思う
一緒にご飯食べて、今度は私が奢って
今なら一緒に映画館にも行けたと思う
でも
どれだけ「もしも」を考えても、西田さんには会えない
どれだけ思っても

そして私はまだ西田さんのところに行けない
人はいつか死ぬものだけれど
それは今ではないから

一方的な想いだったとしても、私にはとても大切な人がいる
その大切な人を傷つけたくない
私がいま抱いているような思いを、自分の大切な人に味わわせたくない
そして何よりも
大切な人も大切なものも、愛おしさとともにこれから抱いていきたいから
だから西田さんのところに行くのはまだまだ先


西田さんのことは忘れていない
心のなかに大事にしまってある
いまはそれで許してもらう

25年目の今日

書くことは無い
私が書くようなことでもない
ただ彼に生きていてほしかった

旧本館の講堂の下、焼却炉の近く
サッカー部やラグビー部のような球技系運動部はよくあそこにたむろしてた
そして彼もよくあそこにいた記憶がある

旧本館・機銃掃射跡
1998年頃撮影












私は彼と同じクラスになったことはない
でも、あの日、報道から名前が流れてきたとき「あれ?同じ名前やん」と思った
なぜ彼のフルネームを覚えていたのか、それがよく分からないのだけれど
でも彼と同姓同名だと理解できた
そして年齢を聞いたとき、ほぼ間違いなく彼なのだろうと分かった
それからは、ただ乗り合わせていないことだけを祈った
実はキャンセルして搭乗していませんでした、というオチを祈った
でもそうはならなかった

ただ生きていてほしかった
あの笑顔が、25年分歳をとった笑顔が見たかった

彼を想い母校に植えられた苗木










素直に

もともと私は素直さとは無縁の人間で
天邪鬼もいいところで
これでも少しはマシになってきたけれど
まだ大切な人や大切なものには素直になれないことが多い

事務所でこれまで何人も見送ってきた
その度に泣きそうになったし、去年の今ごろ見送った20代の男の子については泣きそうな気持ちを誤魔化すために蹴り真似までした
あまりに寂しくて

昨日会った前リーダーも、去年独立した彼にも、いろいろと思うことはある
(相手も同じだろうからお互いさま)
でもせっかく同じ事務所で同じときを過ごして
その人たちと日常的に会えなくなっていくのが寂しい

もちろん、いまの事務所の人たちとも

私は根っこの部分が寂しがり屋で、寂しがり屋だからこそ人と深く付き合わないようにしてる人
そして
寂しがり屋だからこそ、大切な人には天邪鬼になってしまうタイプ

今日は結構反省してる
もっと違う言い方、もっと違う振舞いがあったのにな…と
大切に想えば思うほど、距離感が難しいな、と
なんとも思わない人達と接するときのようにはいかないな、と

私が大切に想っていて天邪鬼にならずに済むのは、初代犬(弟分)と長男坊(黒猫)と次男坊(キジトラ)だけ

でも
本当は人にもそうしたい
特に大切な人には
本当は「元気でいてほしい」「幸せでいてほしい」そう伝えたい
愛おしく大切だからこそ

でも人間は難しい
それがもどかしい

想定の範囲内...だよね?

「言わんこっちゃねぇ…」
本気でそう思う

ニュース7のテロップのつけ方には作為すら感じる

高野山の宿坊に関するNHKニュースのことだ

ニュースをちゃんと見ればよく分かる
申告漏れを指摘されたのは「あわせて1億円を超える」額
そのうち最大だからか、具体的に記述されているのが総持院
そこで所得税の源泉徴収漏れがおよそ9,000万円
つまり大半は所得税じゃねぇか (´Д`)ハァ…

その割に、記事でもニュースでも「法人税や所得税など」と報じる
何も考えていない人はどう受け取るか
宗教法人は金儲けして法人税を脱税してる、と読み取る人間の方が多いだろう
(実際BlueSky見ててもそういうリアクションが多い)

「宗教法人は宗教活動に関わる収入は課税されない一方、営利目的の事業は課税対象となります。」
仮に、極めて好意的にこの記事を読んだとして
記者の意図がこの事実(宗教法人でも課税されている件)の紹介だったとしても
お作法的によろしくない書き方してるよな、と感じる
大半を占めるものよりも、少額であってもセンセーショナルに受け取られる方を前にしたりテロップにするって、どういう了見だい?



そして、これと同じタイミングで報じられているこの件も、原因がマズい話
何がマズいって、この部分
「代理人弁護士によりますと、おととし(2024年)亡くなった当時の宮司が、個人的に多額の借り入れをするなど金銭トラブルを抱えていたとみられ、境内の土地を担保とする根抵当権が設定されていたことも宮司が亡くなったあとに分かったということです。」

そもそもの金銭トラブルの詳細が全く分からないだけに
そして高野山のこの報道と同じタイミングで流れただけに
印象として「金遣いが荒くてこうなったんじゃないの?」というイメージが先行しかねない
(実際のところ借金の原因は個人の投資失敗だとかいろいろ言われていて不明だが)

多田神社の件は宗教法人のガバナンスが直接問われる事案
代表役員だけでこんなこと本来はできないはずなのだから
境内地に根抵当権設定するなんて、機関決定のうえ公告必須でしょ

-----------------------------------------

宗教法人法第18条第5項
代表役員及び責任役員は、常に法令、規則及び当該宗教法人を包括する宗教団体が当該宗教法人と協議して定めた規程がある場合にはその規程に従い、更にこれらの法令、規則又は規程に違反しない限り、宗教上の規約、規律、慣習及び伝統を十分に考慮して、当該宗教法人の業務及び事業の適切な運営をはかり、その保護管理する財産については、いやしくもこれを他の目的に使用し、又は濫用しないようにしなければならない。

宗教法人法第23条
宗教法人(宗教団体を包括する宗教法人を除く。)は、左に掲げる行為をしようとするときは、規則で定めるところ(規則に別段の定がないときは、第十九条の規定)による外、その行為の少くとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公告しなければならない。但し、第三号から第五号までに掲げる行為が緊急の必要に基くものであり、又は軽微のものである場合及び第五号に掲げる行為が一時の期間に係るものである場合は、この限りでない。
一 不動産又は財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供すること。
二 借入(当該会計年度内の収入で償還する一時の借入を除く。)又は保証をすること。
三 主要な境内建物の新築、改築、増築、移築、除却又は著しい模様替をすること。
四 境内地の著しい模様替をすること。
五 主要な境内建物の用途若しくは境内地の用途を変更し、又はこれらを当該宗教法人の第二条に規定する目的以外の目的のために供すること。

宗教法人法第24条
宗教法人の境内建物若しくは境内地である不動産又は財産目録に掲げる宝物について、前条の規定に違反してした行為は、無効とする。但し、善意の相手方又は第三者に対しては、その無効をもつて対抗することができない。

-----------------------------------------

神社側が(代表役員代務者が)争ってるのも、債権者が善意の第三者かどうかなんだろう


法人としての脆弱なガバナンスと納税意識の希薄さを同じタイミングで報じられたら
そして「責任ある積極財政」の“責任”の部分が問われている現政権の財政運営を考えたら
国民世論がいま煽られたら一気にいまの宗教法人の立場は危うくなる
一般社団/財団の非営利型と同じ扱いに落とされても文句言えん

「だから言わんこっちゃねぇ…」
将来そう呟く日が来ないことを願っている

雨上がり…のち雨

今朝は気持ちのよい晴れ
空気は少し秋だけど湿気を含んだ青空はまだ夏のようでもあり
うちの事務所に通える残りの時間を惜しむ気持ちがムクムクと
もっとここで仕事したかったな














今日は、うちの事務所から訪問に出かける最後の日
午前中から私の気持ちは少しずつ曇ってきていたけれど、出かけてみたらお天気も雨模様
私の気持ちと同じ
もっとやりたかった
もっともっと…と

祖母が生きていたらこう言うだろう
「詮無い」と
祖母はこのひと言でいろいろ飲み込む人だったから

今日のランチ、前のチームリーダーとカレーを食べ喫茶店で話しこんだ
生き生きしていた
あの人はいつも自分を生き生きしているように見せる天才だから、本当のところは分からない
でも話をしていて元気を少しもらえた気がする
あの人のような生き方、私には無理だけれど、ああいうところは凄いと思う

私のことだから、きっと、明日もまた心揺れながら仕事をするのだろう
それがある意味私らしい

これから自分の向かう先がどこにあるのか、ずっと五里霧中
公益だろうか?それとも宗教だろうか?

いまの救いはNPO会計税務専門家ネットワーク
メーリングリストで回ってくる非営利関係の税務質問やそれに対する答え、セミナー案内を見て自分の心を落ち着ける
いまの苦しみではなく将来への期待に目を向けるために

考える②

ツラツラ考えていたこと、その2
代替わりのこと

ここで書きたいのは、以前書いたお客様のことではない
うちの事務所のこと
正直、どこかでボスに伝えた方が良いのかもしれない...と悩んでいる部分


うちの事務所も代替わりを控えていて、それは事務所の職員全体がなんとなく感じていること
入って1年にもならないパートさんからですら「どうなるんですかね?」と聞かれたりするくらいに

ボスの、そして上長sや最古参の方の意志ははっきりしていて、間違いなく副所長が後継者
あの5人こそがうちの事務所のコアだから、そこで決まっていれば絶対だろ
私はそう理解しているのだけれど
所内では全く違う見方が結構流れている
(それとも誰かが意図して“流している”のか?)

多くの職員には鼎立しているように見えているのかもしれない
だから「後継者が誰か分からない」という言説が流れる
上長s + 役員、の誰が後継者なのだろう...?と
資格さえ取ってしまえば役員にもそのチャンスはあるよね?という声も聞く
或いは「副所長は役員の言いなりだから...」などと口さがなく言う人も

そういった“永田町権力の攻防”ごっこで遊んでいるのは、ほぼ女性陣
長くいる人ほど訳知り顔で話したがる
暇なのだろう
(だから嫌なんだよ、あの空気感...)


本物の「永田町権力の攻防」で例えるなら、KK戦争のときの宏池会を考えればいい
ボスが宮澤喜一、副所長が加藤紘一、そしてこっちにいる上長が河野洋平
んで?いったい誰が麻生太郎の役をやるんだい?
麻生太郎の役を演じられる人間はいない
河野洋平を担いで割って出ていく人はいない

或いは
かつて歌猫いろはさん(@kanekoiroha)が清和会をネタに書いてた話をもってきたら
『ガンダム』のジオンで、ボスはある意味ジオン・ズム・ダイクンのポジションにあるわけで
(まだ生きてるし現役だけど)
そうすると副所長は、キャスバル・レム・ダイクン=シャア・アズナブルになるだろう
んで?こっちの上長がギレン・ザビだとでも?あっちの上長がキシリア・ザビだとでも?
どう考えてもあり得ない


ボスも含めた上の人達を見ていて思う
代替わりはこうも難しいのか、と

私の思い過ごしかもしれないけれど
ボスはボスなりに、上長sに対して後ろめたさみたいなものがあるのではないか
縛り付けていることに対して
自分のわがままを聞いてもらっていることに対して

そしてこれも私の思い過ごしかもしれないけれど
上長sは上長sなりにいろいろと考えがあるのだろう
自分達でやりたい、動かしたいというだけでなく
できるだけボスの思い通りにさせたい、という温かな想いが

そして、そうやって上の人達が“優しさ”で譲り合った結果、空白地帯が生まれているのではないだろうか
勝手な言説が平気で流されるような空白地帯が

...これもまた私の勝手な推測だし、有休で暇だから考えたことなのだけれど

考える①

有給休暇で2連休だったせいもあり、いろいろとツラツラと考えることがあった
メモとして後で振り返るために書いておく
(このあともう1つ記事にする予定)


ここで書きたいのはAI活用のこと
今後AIの活用が進むのは当然として、この間ニュースになっていることを見ていて考えた
これから税理士事務所・会計事務所等で活用する際のリスクについて

当該法人のデータをAIに分析させる際、先方に承諾を得るのは当然として...
①例えば上場企業、或いは上場を目指している企業のデータをAIに処理・分析させることの是非
②先方がOKしたとして、その情報がAIを通して漏れたときの責任の所在の事前確認
③先方がNGを出した際の、それらの企業のデータの隔離
④プロンプトを作成する人間の限定 etc.
を考えておかないといけない
特に③と④
共有サーバーに、AI処理OKな企業データとNGな企業データを一緒に保管していたときのリスクはあまりに大きい
基本的には完全隔離したいところだが、現実的にそれが可能なのか?
そしてプロンプト作成者が曖昧な指示を出した場合、AIエージェントは広範囲からデータを収集し活用しようとする可能性がある

またプロンプト次第では思った出力が得られない
作成意図を過不足なくAIに指示しなければいけない
その「過不足なく」のなかには、収集されてはいけない情報にAIを触れさせない指示であることも含まれる
“情報リテラシー”などというと大げさだが、リスクへの感度が試される

リスクへの感度、という点でいえば組織そのもののリスクへの感度も問われるだろう
職員が「この情報はAIに触れさせても良いのだろうか?」と不安になった際、上長に都度確認できる心理的安全性が担保されているか
例えば上長が「そんなことはわざわざ聞かなくても当たり前だろ」などと茶化したり小馬鹿にする発言をしたらどうなるか
そういった対応を繰り返された職員が上長に確認に行くだろうか
日々の安易な発言の繰り返しが心理的安全性を毀損し、ひいては大きなリスクに繋がりかねない
これまでならば修正申告程度で済んでいた話でも、今後は情報の外部流出になるかもしれない
(それも、全く悪意のない情報流出)

経営者が自分でリスクをとり、自らAIに作業させるという意味では“使い勝手の良い道具”だろうが、人を雇いその人達にAIを使わせる、と考えたら
なかなかハードルは高い

想定外の満足

献血のために三宮に向かっていたところ、飛来物で電車が運転取り止め
乗っていたときにこんな経験したのは初めて
ちょうど駅に止まっていたときでラッキーだった

近くの別会社の駅まで川沿いの遊歩道を徒歩移動
予定外の“遠足”で、これもまた楽しかった
あの辺りを歩いたのは小学校のとき以来じゃないかしら

乗り換えたあとの神戸に向かう電車のなか、スマホで部下らしき人に電話している50代くらいの男性がいた
車中で電話してることもなかなか珍しいことだけど、話し方もなかなか味わい深くて
いまどき電話口でそんな罵倒する人いるんだ、と感心するような発言を繰り返していた
着てる服は仕立てもしっかりしてたけど、指輪いくつもはめてたから…モンモン系の人なのかしら?などと想像しつつ
いったいどんな業種なのか後学のために知りたかったものの怖くて聞けなかった


そして、今日もまた“血小板供出”完了!
いつも基準値オーバーだからどれだけ抜いてもらっても全然構わない
(というか抜いてもらいたくて行ってる)
かかりつけ医からは「血液検査代わりに献血使うな」と言われてるけど
無駄な血小板抜いてもらって、しかも血液検査にも役に立つなら、行かない理由はないでしょ

ちなみに今日の問診のおじいちゃん先生はいい感じの人で
「これまでに大きな手術は?」と聞かれて正直に答えたら「何で?」と更問
「過誤腫だったんです」と伝えたら、ニッコリ笑って「それは良かったね」と
あの一言は結構嬉しかった
(手術前のとき、膵臓からの癌転移を疑われてたし、余命宣告される覚悟してたから)
ああいう素直な優しい一言が言える人になりたい















(写真は献血戦利品)


そして今日はナガサワ文具センターでちょっとしたものを購入
勝手に押しつけるためだけに買った自己満足品
そして自分にも文房具を買ってきた

ひたすら天気が悪くて微妙な有休だったけど
まあこんなもんかな
献血の日恒例のレバニラ食べたし
写真眺めて気持ちだけは鶴岡行ったし
大阪の片隅から加藤紘一の冥福祈ったし
重陽の節句をそれなりに満喫できたと思う
(正覚寺と加藤精三会館に行けなかったことだけが心残り)



















(2025年9月9日撮影)



明日は前チームリーダーとカレーランチ
そして訪問しての引継ぎご挨拶・最終回
明日の自分はどんな気持ちで一日を過ごすのかな

雨

朝から結構雨音がしていて
そのせいもあってだらけてしまい、結局今日はどこにも出かけなかった
疲れが溜まっているのも理由だと思う
特に眼精疲労が

そういえば父は雨音が好きだった
雨音を聞くと心が落ち着くと、よく言っていた
今日73歳の誕生日
いま、どこでどんな風に雨音を聞いているのか


今日の私はダラダラしながら家事をして、ダラダラしながらリモート作業をした
駄目な有休の使い方だったと思う
リモート作業は途中だったけれど集中力が落ちてきたのと、それからボスの気遣いもあって、今日のところはお仕事終了
シングルモニターでの作業はやはり疲れる
そして今日はかなりボスに気を遣ってもらった
反省してるし感謝してる
ボスには呆れられてそうだけど


今週はずっとこんな天気が続くらしく、明日せっかく三宮に行くけれど、その後の予定が何も決まらない
献血して町中華でお昼食べて…それからあとが未定
なんだかな

このままだと、またジュンク堂に行っちゃう流れ
それならせめて、と思うことがある
明日はそれを探してみようかな、と
少しずつだけど未来に向けて歩いていきたいから
そのためにちょっとずつ想いを形に変えていく

















(2025年9月8日撮影)

涙

ついに泣いてしまった
泣く気はなかったし、今日は泣くようなイベントも無いはずだった
黙々と淡々と仕事をやれば終わりのはずだった

呼ばれないと思っていた
というよりも、そう思っていないと呼ばれなかったときに辛くなりそうで
期待しないことで自分を守っていた
でも呼ばれて、もう一度ご挨拶する機会が得られて
予定していなくて
思いがけずもう一度お会いできて
気持ちが溢れてしまった

もっとやりたいことがあった
資産運用についても、数年後の代替わりについても
その際の留意点や対策も
もっと一緒にやりたかった
ずっとお客様と一緒にやりたかった

本当はあの場でお客様に抱きついて泣きそうだった
しがみつきたいほど、嬉しくて悲しかった



自分で決めたことだから泣く資格はない
そう思って抑えてきたけれど
あとたった15日
イヤだ!と叫んでいる自分がいる
泣き喚いて地団駄踏んでる自分がいる

でも「辞めるの止めた」と言えるタイミングはとうに過ぎた
そして
理性の部分が囁く
「もう一度この事務所で社福決算やれるの?」と
「次はないよ?」と

実際に5月の自分を思い返して、もう一度アレを乗り越えられるか?と聞かれたら、全く自信がない
あのとき、事務所のなかで1人で作業しながら体の震えが止まらず、20代の娘にLINEして自分の心を誤魔化そうとした
それでも抑えられなくて、ボスにも泣き言のLINEを送りかけた
(我慢できた自分を褒めてやりたい)
“死にたくない”という言葉が頭の中を占めているのに、気を抜けば自分の足が窓際に向かいそうで
椅子から立ち上がらないようにすることで、死神の“おいでおいで”に抗った

あのとき担当先の法人の方達が電話してくれなかったら、どうなっていたか
「うちの事務所に迷惑かけたくない」と強く念じても、それでも抑えられそうにないほど強い希死念慮だった

いま私はお客様達のおかげで生きている
だから感謝しかない
そして“次”がないことも理解している
うちの事務所に留まれば、私に“来年のいま”は無い
だから…


〜​そうさ 都合良くはいかないね
 記憶は全て 嘘の塊だ
 あの時は気づかなかった
 君のためだと 僕は言い聞かせてた
 楽しかったことも
 みんな台無しにするだろ だけど
 いつかは 良い思い出と
 思ってくれないかな だから
 神様 お願い
 もう少しだけ 幸せな時間を
 味わわせておくれよ
 歩くくらいのスピードで
 夕陽が アスファルトに伸びてくくらいに
 静かに そっと 消えていくから〜





怖さ

昨夜、何を思ったか、久しぶりにお酒を飲んだ
去年も一昨年も鶴岡旅行で美味しいお酒を飲んだから、それを思い出したくなったのかもしれない
次の有休、亀の井酒造さんのくどき上手探してこようかしら
一昨年、ふらっと入ったお店で勧められて飲んだら、甘くて本当に美味しかったのよね

酔って、しかも次男坊くんに膝に乗られたせいで
なんだか昨夜はツラツラとくだらないことを書いたみたい…反省してる

大学の頃、一人暮らしをしていて精神的にまいった時期があった
恩師の配慮でゼミに聴講の形で参加させてもらって楽しかったのだけど、進級に必要な単位に不安があって
その不安をうまく解消できなくて
それで一時期、毎晩ちょっとずつお酒を飲むようになった
お猪口半分程度だけ
でも、ひと月ほど続けて馬鹿らしくなって止めた
最初のうちは寝つけるようになって良かったのだが、続けるうちに眠りが浅くなって
寝たはずでも疲れが取れない日々が続き
お金を払ってまで何をしているのかよく分からなくなって止めた

だから私は基本お酒を飲まない
もともとアルコールに強くないせいもあるし
(大学1年までは強かったんだけど)


そういえば恩師・小田中先生もアルコールに弱くて
そのくせ研究対象がフランス経済思想史だったせいもあって、ちょこちょこワイン飲む人で
「あんまり飲むと体調悪くなるんで1杯だけなんですよねぇ」などと笑いながら、夕方授業時間後の研究室で飲んでいた(主に相手は川端先生だったはず)
ゼミ呑みでは「お酒の強要禁止」「無理な飲酒は周りが止める」が徹底されていた

明善寮生への処分で恩師が槍玉にあげられたとき、経緯を確認して思った
あの先生相手に禁酒措置を守れなければあれだけの処分食らうわ…と
明善寮側の言い分で「駒場の自治会長してたお前が言うのか!」みたいなコメントも出てたけど
あの先生は「自立(自律)できないならば自治は無理だろ」で終わるから
そのへんはすごく“怖い”人
いつもニコニコヘラヘラしてるから見誤るけど、腹の底では何考えてるか分からない怖さがある
敬愛してやまない恩師だけれど、ひたすら“怖い”


ボスも同じだ
いつもニコニコして穏やかで
優しくて受け止めてくださるけれど
でも、どこまで私の浅はかさを見切っておられるか分からなくて
敬愛してやまないけれど“怖い”
いろいろなことを話すたびに試されている気がする
「この論点のポイント分かってるか?」「この税制の落とし穴を見極められるか?」と
更には人としてのあり方も試されている気がする
「義理は通さなあかんぞ」「この世界、筋は通さなあかんからな」と
(事務所を辞める時点で不義理してるから申し訳ない)

いつか
いつの日か私が独立したら
そしてこの不義理を赦してもらえるならば
感謝とともに伝えたい





1人と1匹

次男坊(キジトラ)と過ごす夜
いつも思う
「この子は私だ」と

捨てられるのが怖くて、甘えたくて、甘え方を知らなくて
適切な距離感と甘え方を知らないままに子ども時代を終えてしまって
いま一生懸命自分を抑えて、なんとか適切な距離を維持しようとしているけれど、それが難しくて
甘えすぎて喧嘩になって
ただ甘えたいだけなのに距離ができて
よくお兄ちゃん(黒猫)とも喧嘩をしていた
次男坊が際限なくお兄ちゃんの耳の中を舐め続けるから
アログルーミングというらしいが、親愛の情の表明なのだとか
でもそれが行き過ぎて、よくお兄ちゃんがキレて噛みついていた

亡くなった長男坊を表す言葉が「情が深い」ならば、次男坊を表す言葉は「いじらしい」
基本甘えたで、お兄ちゃんっ子で、何でもベタベタしたがる次男坊だけど、お兄ちゃんが私に抱っこされている間はずっと我慢していた
自分の順番を待ちながら
鳴きもせずに大人しくお座りをして

長男坊も次男坊もどちらも私に似た部分があって
それらを含めて2匹ともを愛おしいと思ってきたのだけれど
長男坊が亡くなり、母もいなくなって、1人と1匹だけの生活ももう半年以上
次男坊は自分の気持ちを受け止めてくれる相手がいなくなって、私に際限なく甘えてくるようになった

不器用な子だなと思う
生まれながらの体の障害に加えて、心のコントロールも不器用な子
甘えたいのだとよく分かる
でも甘え方が下手くそで、噛みついたり爪を研いだり
「痛いからやめて」と言っても、本猫には止めることもできなくて
気持ちばかりが先走って、うまく表現できない子
本当にこの子は“いじらしい”

今日もまた不器用なもの同士、1人と1匹、身を寄せあって夜を過ごす













(2026年9月6日写真追加・日曜昼下がり)

メンテナンス日和?

今日は朝から忙しかった
普段の出勤時間よりも早い歯医者の予約
仮の被せ物がようやくちゃんとしたものに落ち着いた
まだまだ治療は続くけど、とりあえず1つの区切

そしてまだ麻酔が残った状態だったけど事務所に出勤

そうまでして土曜日出勤したのに、予定してた作業を終えられなかった
手の遅さに、何気に凹む
でも予定があったから、作業遅延をボスにごめんなさいして帰ってきた
(ダメな教え子だ)

そして今日の最後の予定は4週間に1度のカット
さすがに文雄のような2週間に1度は無理😅
最後の最後に駅前のスーパーで数日分の食材買ってえっちらおっちら帰ってきた

来週は重陽の節句前後に有休取ってるから、今週末は少しだけゆったり
鶴岡行きたいけど、次男坊くん見送るまでは我慢我慢
出勤日を減らしてまで体を休ませるんだから、どこか日帰りで出かけたいな…なんて思うけど
出勤経路の確認ももう一度しておきたいし
(御堂筋線を避けるために四つ橋線経由を検討中)
加藤の命日には献血予約入れてるし
献血のためには体をちゃんとメンテナンスしておかなきゃないし
結局、三宮に行くだけで終わりそう



こんなことしていて良いのか?と焦る気持ちもある
次の職場に向けて、そしていつかの独立に向けて、するべきことがあるんじゃないのか?と
いまの仕事、うちの事務所の仕事が楽しいからと、楽な方に流れてしまっているんじゃないか?と
積極的な気分転換もせず、事務所にも出ず、将来に向けての準備もせず
一体なにをやっているのだろう?と

あと、たったの16日
シルバーウィークの日曜日に出勤したとしても、それでも残りは17日
毎晩ベソをかいている
なぜ自分はこんな生き方しかできないのか、と
もっと違う道もあったんじゃないのか?と

毎日毎晩気持ちが揺れ続けて
事務所で仕事している時間だけが落ち着けるとき



自分に対していいきかせる
私自身を信じよう、と
大切な場所を、大切な人を、想い続けられる自分でいられるはずだ、と
信じ続けられる自分でいられるはずだ、と
自分で信じると決めたのだから
何があっても信じると決めたのだから

お疲れ

言われていたほどの嵐にならず良かった
明日は少しだけマシな天気になるらしい
ほんのちょびっとホッとする

いろいろなことを感じて考える日々
でも昨日今日は仕事に集中できている
担当先だったところから電話がかかってきたら、ふと取ってしまいそうになるけれど(我慢我慢)

いま手持ちの担当先は2つだけ
1つは資料待ちのままズルズルきている
もう1つは再来週で完了が見えている
だからいまの私には手もとに仕事がない
そんな状況をボスが気遣ってくれて、ちゃんと仕事を用意してくれる
それが本当にありがたい
「この夢がずっとずっと つづいてほしい」
「そして夢のおわり あふれる涙を そっとぬぐって…」
「だけど夢はつづく さよならは言わないの また会えるから」
「春はめぐる いつもうつくしく いつかまた この夢の つづきを…」
20年前、青山劇場で強く願ったあの日以上に、いま痛切に感じている
この日が、いまのような夢のような日がずっと続けば良いのに…と

残された日は、土曜日出勤を入れてMAX17日
後悔しないように全力で仕事を、と思うけれど
どれだけ全力を出し切ったとしても後悔はするだろう
私のことだから
これだけ愛してやまない場所・人たちから自ら離れるのだから

今回お世話になったエージェントから言われた言葉を反芻する
「進む道を決めた以上は、この決定を正解にしなければいけませんよ」

思い返せば、いまの事務所に入る前、うちの事務所に就職が決まった直後、たまたま私用で知り合った神戸の税理士さんからアドバイスされた
私が何気なく人生相談をしたとき、ずっと抱えていた「税理士業界でやっていける気がしない」「全く自信が持てない」と話したとき
「続けなければ自信は付かないよ」とサラッと言われた
全然説教臭くなくて、親身に聞いてくださって
「知り合ったばかりの印象だけど、あなたには中小企業の法人税務のような“おじさん”達を相手にする仕事よりも、相続みたいな資産税の方が向いてると思うよ」とも言われた
会って1時間もしないうちに、いろいろ話してしまって
プロフェッショナルって凄いなぁと、税理士で食べていく人はカウンセラーでもあるんだなぁと、そのとき強く思った

うちのボスもそうだ
気を抜くと何でも話してしまいそうになる
職場の上司に話すことじゃないなと自制するけれど、それでも結構いろんなことを話してしまう
ああいう人間になりたいな、と思う
職業人としてだけでなく、人としてああなりたい

その道程は果てしなく遠い



追記(2026年9月5日)

そういえば
一昨日2026年9月3日の夜(昨日の朝)、妙な夢を見た
私はボスと一緒に、なぜかサクラ大戦の世界で、“太正”の帝都東京で、路面電車に乗っていた
謎なことに、目の前には広井王子
2人並んで広井王子の熱弁を聞いている、という謎シチュエーションだった
広井王子が夢に出てきた理由は分かる
前夜にサクラ大戦関連のトークショー記事を読んだから
むしろ、なぜにボスと一緒?
20年前の憧れといまの憧れが並んだ感じなのかもしれない
誰か夢占いできるなら頼んでみようかしら🤔
(素敵な夢すぎて寝坊したから朝食抜きになったのはご愛嬌)

あと18日?

今日もお仕事done
あと事務所に出勤できるのは、どれだけ数えてもMAX18日(日祝お休み予定)
しかも明日は天気が悪いらしい
昨夜から既に気象台が「警戒を」とのアナウンスをしている
………もしかして明日事務所に行けなかったりする…?

もう少しシトシト降ってくれたら「涙雨だ」とも言えるけど
事務所行けないほど降られたら、困る
(次男坊くんは喜ぶだろうけど)
うちの事務所で過ごせる時間は本当に残ってないのに
更にこんなことで削られたらやってられない


遂に本当にやることがなくなってしまった
なかなかに苦しい
昔から、20年以上前から、自分に言い聞かせてきた言葉を、最近は強く意識する
サクラ大戦の米田一基の言葉

「人に見せる見栄なら止したが良い
見栄ってのは自分に張るもんだ」
(第4期ドラマCD『すみれラプソディ』より)

自分の張ってる見栄はどちら向きだろう?と、いつも自己点検する
誰に向けた見栄なんだろう?と
他人に張ってる見栄は自分でよく分かる
自分自身が己の醜さや器の小ささを痛感してるから

そして自分に張ってるつもりの見栄だって、一皮剥けば誰かに良く見てもらいたい欲の塊だったりする
とかく人という生き物は度し難い

そんなことを頭の片隅で考えながら仕事に向かう
仕事をすることそのものがある意味での人間修練の場だな、と思いながら

あとたった3週間弱
泣かずに卒業できる気がしない
号泣だけはしないようにしたい
そんなことをグルグル考える嵐の前夜

袖触れ合うも…

袖触れ合うも他生の縁、ならば
同じ事務所で働く縁というのはなんなのだろう?
(今生の縁なのは間違いないとして)

昨夜、今日の予定を考えていて、どこかにお参りしようと決めた
今日はせっかくの有休で、ダラダラしても良かったし、リモート作業しても良いなと思っていたけれど
自分の性分から考えて、有休に家でダラダラするとろくなことにならないと思ったから

そして今日、いくつもの理由があって南御堂(難波別院)に行ってきた

1つは来月からの通勤ルートの確認
9時半頃だったけれど、やはり御堂筋線は混んでいた
次の事務所はフレックスを導入しているから、できれば8時〜勤務にしたいのだけれど
初日は定時(9時)に出なければならないだろう
そうだとすれば混むだろうな、と予想して乗ってみた
ラッシュのピークは今日よりも酷いんだろうな…😮‍💨

2つ目の理由は、明日しか会えない人がいて、その人にほんの少しだけ気持ちをお菓子として渡したかったから
土日からずっと探して考えてたけど答えがでなくて
だから今日は梅田で探そうと思っていた

3つ目の、そして最大の理由は
何かしていないと落ち着かなかったから
祈るしか、想うしかできないというのは、私にとってかなりの苦痛で
特に今回は自分が何かをしたわけでも無いだけにキツくて
思い入れだけあって、でもただ眺めていただけの身で
だからせめて何かしたくて
それで南御堂にお参りに行った
お参りしたとて何かが変わるわけでもないけれど、自分の心を落ち着かせるために動かずにはいられなかった
(ただの自己満足)
もちろん成功してほしいとか、成果が出てほしいとか、そういう気持ちも無いわけではないけれど
それ以上に、この縁が大切だからこそ「無事に帰ってきてほしい」があって
阿弥陀さんにお願いするのも違うなと思いつつ、とりあえず“弥陀の本願”にすがってみるか…と思ってお参りした












私はこれまで、このブログで“弥陀の本願”とか“他力本願”を書いているけれど
好きな言葉は
「人事を尽くして天命を待つ」と「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」
つまり、限界突破した感覚があって初めて自分のなかで納得できる人
だから今回は自分のなかでずっと不完全燃焼
祈っても想っても全然足りないほど不完全燃焼
悔しさ以上に「物足りない」

この物足りなさを忘れないようにしよう
ここでの縁を抱きしめていくために
自分が独立するとき、きっと支えの1つになるだろうから

祈り

私は特に信心深い方でもなく
門徒ではあっても宗派に素直に従っているわけでもなく
どちらかといえば独自の“信心”で生きている人間

では祈らないのか?と聞かれたら
結構よく祈る
基本的には誰かのこと、何かのことを
心から勝手にわき上がってくるものを祈ったら、いつも自然とそうなっている
「祖母が長生きできますように」だったこともあるし「家族みんなで健康に暮らせますように」だったこともあるし
あるいは「事務所のみんな、そして事務所がこれからも続いていきますように」だったことも



いま、大阪から東北の空を想う
もう9月だから、もしかしたら金木犀が香りはじめているかもしれない、などと思いながら

ただ「無事に」と
「いつも通りに」と
そして…
「報われてほしい」と
強く強く祈る

祈るしかできないから
想うことしかできないから

私は私の役割を果たす
ただ準備を続ける
いろんな意味で「報われてほしい」と願いながら

そしてみんな無事に










2026年9月1日大阪の空

あと1ヵ月

残りMAX20日
土曜日出勤を全部やってもあと20日
全然時間が足りない
嘆いてばかりいられないけど、本当に全く時間が足りない

実は今月、密かに決めていたことがあった
それはひと月で31個のブログ記事をアップすること
毎日はできなくても、トータル31個書こうと決めていた
とりあえず、これで今月の“ノルマ”達成!

9月も目標は継続する
私が今の、うちの事務所を離れるにあたって、何を思い何に悲しみ、そしてどう過ごしたのかを記録するために


そして明日は9月1日
明日からは新しいキーホルダーで出勤する
このキーホルダーは、ある意味これからのお守り
他人も自分も、過去も未来も、全部を想い続けるためのお守り
そのために帰宅してから鍵の付替えの“儀式”をやっていた
歌謡ショウ観に行ってた頃は20年後なんて全然想像つかなかったな…なんて、しんみりしながら
『さくら咲いた』口ずさみながら

まだ今週は始まったばかり
うちの事務所での残りわずかな時間を抱きしめて、でも前を向いて進みたい
それによってしか得られないものがあるはずだから


追記
今日はさすがに夜中のリモート作業をしたくなくて、それで残業してきて
その結果、うちの次男坊くんやっぱり怒ってます
(甘えん坊なのに気が強いんだよな〜うちの次男坊…誰に似たんだか😮‍💨)

覚悟…したくない

昨日のブログアップ後に次男坊くん(キジトラ12歳)に異変があった
食事中に膝に乗ってきたので降ろそうとしたところ、彼のほうがもんどり打って落っこちた
その瞬間、今まで聞いたことがない唸るような鳴き声を出した
よく見ると後ろ脚を少し引きずっていて
私が寄ろうとしても避けられて

彼は拾ったときから体にいろいろ抱えている子
生後2カ月と推定される頃に拾ったのだけれど、そのとき彼は全身の毛をバリカンで刈り取られていた
前の飼い主は子猫の全身の毛をバリカンで刈った上で、そのまま路上に捨てた

その頃から歩き方がヒョコヒョコしていて、獣医さんからは股関節成形不全と言われた
彼はずっとおねしょが止まらないし、まれにてんかん様症状を見せる
猫は空中で体勢を変えて脚から着地すると言われているけれど、彼にはできない
寝落ちすると手脚をバタつかせて、そして落ちる
だから彼が乗りたがるような高いキャットタワーは置けない
高いところに彼が乗らないよう家具の配置も気をつけている
ずっとそうしてきた

次男坊くんの様々な困難は、一昨年亡くなった長男坊(黒猫)もなんとなく分かっていたようで
長男坊は次男坊くんがわが家に来て1時間ほどで“舎弟”扱いし始め、次男坊がトイレで失敗しても、寝床から落っこちて鳴き叫んでも、いつでも飛んでいって世話を甲斐甲斐しく焼いていた
次男坊にとって長男坊は“お兄ちゃん”であり“お父さん”であり“お母さん”だった

長男坊が亡くなり、母ともいろいろあって
いま私にとっての同居家族は次男坊だけ
その彼にもお迎えのときは近付いてくる
できるだけ長生きしてほしいと思いつつ、彼の体調を見ているとあと5年もないだろうなと感じる

昨夜から今朝にかけて、いつもよりも抱っこして、注意して様子を見ていた
異常が起きているのはおそらく左後脚
慎重に歩いているだけで、ケンケンするわけでもなく熱感もないから骨折は無さそう
これまでと同じくらいには飛べるから、痛みが耐えられない強さなのではなさそう
昨夜のは脱臼しかけたせいかもしれない

そういえば昨日行った動物病院の先生に呆れられた
「10年選手やのにまだ体重増えるか…」と
昨年よりも0.2キロ増えて5.4キロになっていたから
本当は5キロ切る体重に落とすように言われてたのに
そうしないと股関節に負荷がかかるからと、キツく言い渡されていたのに
全て飼い主の責任

彼に幸せに過ごしてほしいと思い、彼が喜ぶからとおやつをあげてしまうけれど、それが結果的に彼を苦しめているかもしれない

彼の老後を看取る覚悟はしているつもりだけれど
でも本当はまだそんなときは来てほしくない
そんなことをツラツラ考えた休日だった




縁のつなぎ方

今日は予定通り忙しい1日だった
予定をある程度終わらせることができて、その意味で充実した良い1日だった

今日の昼前、今回お世話になった転職エージェントの方からメールが来た
転職1月前だから、と
引継ぎは順調ですか?と
そして入社準備は進んでますか?と

今回の転職でエージェントを3つ使った
そのうちの1つはうちの事務所に入るときに使ったエージェントで、残る2つは初めて登録したところだった
今回初めて使ったエージェントの担当者お二人はどちらも私より年上で、この業界特化のエージェントをしてそれなりの年数になるとの話だった
そのお二人の振舞いにいろいろと考えさせられることがあった

最初の面談でも、その後のメールでのやり取りでも「こうしたいという希望を3つ、これだけは嫌だということ3つを決めておかないと後悔する」「即決しなくて良い」「迷って当然」と
採用内定が出たあとでも「急がなくて良いからしっかりと悩んでください」と
お断りのメールにも、形式とはいえ「ぜひよい職場でありますように」「新天地での活躍を」とのお返事をいただけた

こういう1つ1つの気持ちの良いやり取りが縁をつないでいくのだろう
そしてそれは私のこれからに特に必要なこと

AIによる作業の効率化が叫ばれているが、それが行き着く先に残る人間の領域を考えていかないといけない
AIは“寄り添う”フリをするが、それはあくまでも生成された言葉の羅列
フリで済ませることのしっぺ返しは、必ずどこかでやって来る
だから人としてのあり方がこれまで以上に問われる

そして、AIが自信満々につく嘘を見抜ける目も問われ始めるだろう
きっとこれまでの経験の蓄積がものをいう世界になる
嘘を見抜く力と最適解を導くためのプロンプト作成能力
AIが普及した世界は、働く人間にとって極めて冷酷なものになるのは間違いない
“使いこなす人間”と“弄ばれる人間”に分かれていくのだから

その2択から逃れて働きたければ、人間にしかできない仕事、人間としての魅力が問われる
結局はどれだけ人のなかに入っていけるか、人と人をつなげられるかの勝負

私が苦手な領域なんだよなぁ
とにかく、自分のなかを磨きましょう

進まない

ただそれだけ
宿題が終わらない
残りはMAX21日
リモート作業をやってても進まない

今日は久しぶりにExcelの図形挿入に苛ついた
画面で表示されている状態とプリントアウトしたものが違いすぎた
それでイライラと
(わたくし短気なので)
(文雄に親近感わくほど、短気でイラチかつ普段は抑制タイプ)

一応は目指す形ができたけれど、ボス的には微妙だったかもしれない
やはりああいう作業はイラレの方がやりやすい
高校時代から(家業の関係で)illustratorやPhotoshopを使ってきた人間としては、どうしてもExcelの図形挿入は使いにくい

不満ばかり言っても仕方ないんですけどね
いまある条件の中で最適解を出すしかないわけですから


今日が引継ぎのラストで、一番後ろ髪が引かれる法人さんで
悔しさがないわけではなく
でもその悔しさの中身を分解していったら絶望しか残らないので(過去ブログ参照)
分解作業に蓋をしなければいけない


明日の一大イベントは次男坊くんのワクチン&健康診断
次男坊くんを動物病院に連れて行く前に、自分自身の歯医者とコンタクトレンズの受取もある
そして…
次男坊くんの病院のあとは、彼のご機嫌取りをしつつ、家事もしつつ、リモート作業もしつつ、体を労ってやりたい

自分を大切にすることで、いつかきっとの夢を抱き続ける
そう遠くない未来、独立したあとのことを見すえて
さらにその先にある想いのために


小田和正『たしかなこと』
〜自分のこと大切にして (時を越えて)
 誰かのこと そっと想うみたいに (君を想う)
 切ないとき ひとりでいないで
 遠く 遠く離れていかないで
 疑うより信じていたい
 たとえ心の傷は消えなくても
 なくしたもの探しにいこう
 いつか いつの日か見つかるはず〜