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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

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2026年11月7日土曜日

わかったこと

昨日の訪問でよくわかった
私は会計を目的にしたいんじゃない
会計や税務を使って、お客様の困りごとを解決していく手助けがしたいんだ、と

昨日一日、人間関係での気疲れもあったけれど
お客様が求めているように思えることと、事務所がやることのズレを感じてしまって
それがキツかった

会計的な、見栄え的な“正しさ”を求めることが、この事務所の目的であり仕事の仕方なのだな、と感じられて
(もしかしたら公益マネージャーだけの仕事の仕方かもしれないから、まだ保留しておくけど)
正しさとは別のところにあるお客様の不安や困りごと、悩みを聞くことは後回しで
あからさまに“聞いてるだけ”の態度で
それがとにかくキツかった

もう2年くらい前になるだろうか
ボスと前のチームリーダー(社福に関する私の親鳥みたいな人)から、それぞれ別にではあったけど、似たようなことを聞いた
2人とも「監査の仕事が向いていなかった」と言った
その話を聞いたとき、私は「“監査の仕事” is なに?」としか思わなかった
2人は口々に「お客さんの役に立てる仕事の方が向いてる」と言っていたけれど、「監査の仕事もお客さんの役に立つんじゃないの?」程度に考えていた

昨日の出来事があって、私のなかでいまの事務所への違和感の理由が見えてきた
前の事務所では、会計処理や税務申告で正しさを求めることは当然として、その上に付加価値として何を乗せていけるのか?を考えることができた
それを許してくれる事務所だった

いまの事務所(少なくとも公益マネージャー)は違う
これまでと同じ作業をAIにやらせれば、その分顧客数を増やして回転を上げられる、と
既存顧客に対するサービスはこれまで通り正しい決算書と正しい申告
以上終わり、と
だから「この業界、この仕事はいずれ、10年もしたらAIに淘汰されて無くなるわ」と断言する
自説に凝り固まって他の仕事の仕方を考えようともしない
反論を許さない空気で



私は何ヶ月耐えられるだろうか?
少なくとも次の決算はちゃんと終えなければいけない
できれば、この事務所で2回は決算を終えたいのだけれど
その間に社福の実務検定でマイスターを取りたいし、公益も資格を取ってアピールポイントを増やしておきたいから

昔うつを患ったとき、目と鼻の先にあった精神科医にお世話になった
そのとき先生(母曰く“嗣ちゃん”)が言ってくれた言葉を思い出す
「山登りと一緒やで。山頂を見て“あんなにも遠い”と思ったら心が折れるけど、足元を見て一歩一歩進んでいったら、いつの間にか山頂に辿り着くんやから」と
回復を焦るな、目の前のことだけに集中しろ、と

仕事も同じなんだろう
そう思ってこれからを過ごすしかない

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