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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

弥陀の本願

たまに特定の音楽が頭の中に流れ続けるときがある
最近始まったことではなく、中学時代から稀に起きる現象
中学3年のときは2週間くらいぶっ続けでナウシカの曲が流れ続けて難儀した

今日の夕方、なぜか突然、頭の中に吉田拓郎の『外は白い雪の夜』が流れ始めた

きっかけは分かっている
週末に拓郎のアルバム『PENNY LANE』を聴いたからだ
久しぶりに(10年くらいか?)2枚組アルバムを通して聴いた

もともとは父の趣味だった吉田拓郎
子どもの頃から聞かされていた
両親が別れたあと、母は私が拓郎の曲を聴く度、いい顔をしなかった
母の気持ちも分かるから、あまり聴かないようにしていた
でも最近は遠慮する必要がなくなって
だから先週末に聴いた

いま曲や詞を思い出しながら、なぜ勝手に脳内を流れたのか考えている

「傷つけあって生きるより なぐさめあって別れよう」
「Bye-bye Love そして誰もいなくなった Bye-bye Love そして誰もいなくなった」

たぶんこの歌詞なんだろうな、と思う

辞めると決めてから毎日思い知っている
自分がどれだけこの事務所を好きだと思っていても、私には…

所詮はこれまでの人生と同じで
想ったとて居場所はない
居場所が欲しければ自分を捨てるしかない
そして私は自分を捨てられない

結局、母方の2番目の伯父が大学生の私に勧めた道は正しかった
「国税専門官になれ。なって一定勤めたら税理士になれる。税理士になって独立し」と
20年ほど前の話だ
いろいろ遠回りをして、最終的に落ち着くところに落ち着いたのだろう

私は「群れたい、群れたい」と思いつつ、でも結局は群れることができない人間で
誰かに触れたい甘えたいと思いつつ、最後は自分から離れてしまう人間
いい歳して、まだ“ヤマアラシのジレンマ”に囚われている

いつかは変われるのか
恐らくは変われないのだろう
私が私である故に

“浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし”

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