今日は81回目の敗戦の日
この件は昨日書いたから繰り返さない
今日は別の話
2006年8月15日、ある政治家の自宅兼事務所が放火された
その政治家は後にこう書いている
“ この数十年で、日本人はあまりにも多くのことから自由になった。そしてあたかも糸の切れた風船のように、中空五メートルくらいのところを漂っているのである。そうした風船が、いま日本中に何十万、何百万、何千万と浮かんでいる。あるいは、電荷を持たない「自由電子」といい換えてもよい。ほんの少しの風や、磁力でさーっと動いていってしまう。そういうなかで、みんながなにか帰属するもの、頼るべき価値観はないかと求めているのである。
いま、多くの人がインターネットの上のミクシィやブログなどのコミュニティに集い、互いに顔を合わせることもないまま一種の「共同体」を形成していると聞く。もう一度そこで、自分のよって立つ場所、もっといえば「居場所」を確保しようと、懸命にもがいているのだ。しかし、それはかつてのような地域社会や共同体とは性格が違う。インターネットによるコミュニケーションの特徴は、すぐに取り替え可能なことである。そのコミュニケーション空間が自分にとって居心地の悪いものになったらすぐに「消えて」しまえる。そうして、自分にとってもっとも居心地の良い場所を探して、いつまでも漂いつづけるのだ。これこそが、私のいう「地上五メートルを浮遊する風船」という現象である。
(中略)
自由電子化した人々をある程度つなぎとめるためには、地域コミュニティーにおける人間の付き合いをもう一度復活させる以外に手はないと思う。もちろん最小単位は家族だが、昨今の厳しい情勢では、家庭内のリーダーに家族を引っ張る余裕がないのが現実だろう。ならばその次にあり得るものは地域の人間関係である。しかし町内会のような地域コミュニティーを復活させるのはきわめて難しい。ではそれに代わるものとして、いまの日本に何があるのだろうか。NPO(非営利団体)もひとつの可能性だろう。自分の住む地域に関心を持ち、しかし町内会のような古い人間関係に抵抗感を持つ若者たちが全国に二万九千のNPOをつくっている。現在はまだ揺籃期だが、将来、必ず面白い活動に育っていくと思う。”
(『テロルの真犯人 日本を変えようとするものの正体』より)
政治家の名は加藤紘一
一時期は「宏池会のプリンス」とも「政界のプリンス」とも呼ばれた人物
放火事件にあったときの加藤は、その5年前に起こした加藤の乱による宏池会分裂の余波と自身の秘書の脱税容疑で権力闘争からは脱落していたが、それでもテレビに呼ばれ自民党のベテラン議員として発言を続けていた
この頃の加藤の発言が気に入らなかったのか、ただ単に思い込み激しく(誰かの言葉を批判的検証することなしに)カッとなって火をつけたのかは、この際どうでも良い話で
Hという名の犯人の思惑以上に、社会の空気の危うさや政治家の劣化を見せつけた事件だった
(これ以上書くと私の中の清和会への嫌悪が噴き出すので止めておく)
(2024年9月9日撮影)
空気というのは恐ろしいもので、誰も責任を取らないままに流れが1つの方向に収斂し、激流となって他を飲み込んでいく
民主主義と衆愚政治は表裏一体で、であるが故に主権者には強い自覚が求められる
民主主義は「ヒトがヒトとしてありのままに思考し選択して良い」制度ではない
そんな甘く優しいシステムではない
“近代人”というモデルがあり、そのモデルに沿うような人間たちによって運営されて初めて、想定された機能を発揮する制度だ
故に、人は“近代人”たろうとしなければならない
そしてそれは極めて辛く苦しい道のりだ
だが、民主主義を上手く機能させようとするならば、受け入れなければならない
いま、私は、そしてあなたは、あなた達は
近代人として振る舞えているだろうか?
個人として自立し、自律し、合理的に理性的に、そして批判的に判断しているだろうか?
20年前1人の政治家の家を焼き払った“空気”は、いまどうなっただろう?
事務所に卵を投げ込まれ荒らされた政治家
大勢の民衆の前で銃弾に斃れた政治家
民衆の前で爆発物を投げ込まれ九死に一生を得た政治家
私たちは、政治信条に関係なく、暴漢に、殺人者に、非難の声をあげただろうか?
20年後の私たちがいま問われているのは、何があろうとも暴力に訴えない理性と、どんなときでも対話を諦めない忍耐なのだと思う
加藤精三会館が焼かれて20年
加藤紘一が亡くなって10年
空気ではなく思考によって社会が動く
そんな理想を信じて
加藤紘一の言葉を読み返したい
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