事務所の日めくりカレンダーに書いてあった
そう
今日も事務所に土曜日出勤してきた(一応今日は2時間チャージした)
朝8時から歯医者の予約を入れていて
まだ辞めると決める前に通い始めたから、事務所に比較的近いところにあって
どうせ歯医者にいくんだから事務所にも出たらいいやと思って、ずっと土曜日に予約を入れている
次の事務所も地下鉄乗換があるだけで、今と通勤経路は途中まで同じだから
歯医者を変えずに済みそうなのが安心材料
ということで、朝から麻酔打ってもらって治療を1時間ちょい受けてきた
歯医者を終えてから事務所に出て
幸いボスがいてくれたから、今後の処理の進め方を確認できたということもあり
昨日送ったメールに早速返信してくれていた社長さんのおかげで、某社の月次処理を進めることができた
あの会社には特別思い入れがあって
事務所に入って1月ほどしたとき、ボスに連れられて担当者として初めて会社訪問した相手
2度目の月次報告のとき社長さんを激怒させ、私も売り言葉に買い言葉でキレて、最終的にボスにとりなしてもらった相手
その後、なんとか先方の要求する水準を満たそうとやってきたなかで、いろいろと気付かされたこと成長できたことが沢山あり
だからこそ、退職が決まったとき、まだ退職日も決まる前にまず最初にお伝えしたいと思った相手
書き始めたら止まらないほどの思い入れがある(だから今日はここまでにしておく)
事務所では月次処理と雑用を済ませて、昼過ぎには地元に帰ってきて美容室でカット
本当は先週が予約日だったのに、成分献血で思いのほか時間がとられたせいで献血ルームから予約キャンセルと再予約を入れた結果、今日のカットになった
(先週は献血ルームで暇して、宗教法人の信者数とか真宗教団連合のHPとか眺めてたド変態)
そして…夏は日が高いから、やってしまった
「まだいけるだろ」と思って、美容室終えてから三宮のセンター街まで出かけてしまった
私がセンター街まで行ってジュンク堂に寄らないはずがなく
ジュンク堂に行っても5階の専門書コーナーに行かなければいいのだけれど
よほどの自制心を持って行かなければ、まず間違いなく“体が勝手に...”で5階まで上がるわけで
そして専門書コーナー見てたら、当然買いたい本が見つかるわけで
今日も買ってしまったよ6冊も
母が同居してたら小言の1つや2つは覚悟しなければいけなかったな
本を買うという行為そのものよりも、家の中に重たいものが増えるのが嫌だったから、あの人は
とりあえず、前から買いたかった法人税の基本通達逐条解説12訂版を確保
そしてNPO法人会計に関する本や宗教法人会計に関する本、保育園に関する会計・税務の本などで計4冊
あと『集団浅慮』という面白いタイトルの本も
最近は仕事以外の本を買わないように意識しているんだけど...買っちゃうんだよなぁ
(そもそもこの1年以内に『〈民主〉と〈愛国〉』買ってる時点でヤバいし、読み終える気がしない)
本当は仕事に関わる本でもっと買いたいものがあったんだけど、予算と持って帰るまでの重さと、そして家の中の置き場所の関係で断念した
算盤の日、なのに
渋沢栄一が飛んで消えていく1日だった
追記
今日のことを思い返していて記録として残しておきたいことがあったから追記する
私は去年こう書いていた(過去ブログ「甘えと悔しさ」参照)
「自分の仕事を振り返ったとき、チラチラと自分の仕事に対する甘えが見えるわけで
そしてそれは大概ボスに見破られるのです
1,2カ月に1度くらいの頻度で起きる定期イベント
毎回毎回のたうち回るくらいに悔しく、夜寝るまでずっと引きずる」
この頃、間違いなく私は1カ月に1度くらいのペースでボスからの指摘でのたうち回っていた
自分の甘えが情けなく、そしてそれをボスに指摘されたことがあまりにも悔しくて
今日、私はボスにこう言った
「なんか投げやりになっていませんか?」と
その真意は、もっと前のように私の甘えや処理漏れを厳しく指摘してください、という意図だった
退職する人間にボスがそこまでする義理はないのだけれど
それでもお客様のために反映できることがあるならばぜひ指摘してほしくて、それでそう言った
でも何もなかった
そのとき私は納得できなかった
その理由は、以前ならば私に抜けている視点を必ずボスが示してくれていたから
私にとってボスはそういう人だったから
いま、ふと感じている
私は、ボスと私との視座の高さの距離はずっと一定だと思っていた
見えている世界の解像度も、ずっと同じ一定の距離で遠いのだと思っていた
私はずっとボスを仰ぎ見るだけの存在だと思っていた
でももしかしたら違うのかもしれない
もしかしたらほんのごく一部の分野では、ボスの見ている世界に私が近付いてしまったのかもしれない
もしもそうならば
私にとっては大きな痛みを伴う事態だ
“坂の上の雲”を見上げているだけでは済まなくなったということだから
でもこうも思う
「この分野ならばあいつに背中を預けてもいい」そう思ってもらえる存在になりたい、と
私の本心の野望は、実はもっと大きいのだけれど
阿弥陀さんにとって代わって、衆生を救いたいと思うほどの野望を持っているのだけれど
とりあえず、現実的な目標は慎ましくしておく
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