避難や支援のフェーズが変わる頃
彼女に連絡した
彼女のご家族もお家もひとまずは無事だったらしく
本当にホッとした
熊本の子は頑張り屋さんなんだけど年頃なりの不器用さもあって、それがトゲになって周りをチクリとするところもあって
同い年、隣同士の席で、静かに彼女たち双方が苛立ちを感じている雰囲気に、ハラハラしながらも「この年代はそんなもんだよな…」と思って見ていた
2人とも可愛らしく、いじらしい子たちで
私はもっとあの2人を見ていたかった
そして今日もう1つ
自分なりに一生懸命やったけれど、思った結果が出なかったあるお客様から
「ずいぶんと頑張ってくれたと聞きました」と
「ありがとうございます」と
「担当になってもらって良かった」と
感謝すべきは私なのに
頭を下げることでしか気持ちを伝えられなかった
感謝をどれだけ言葉にしても全然足りなくて
2年半担当をしてきた社会福祉法人の方からも温かい言葉をいただいて
感謝しかできなくて
あまりにも有り難くて
申し訳なくて
来月の訪問時に泣かずに乗り切れるかな
もっとやりたかった…という思いがずっと燻っている
もっと何かしたかったという思いも、もっとやれたはずだという思いも
明日、泣かずに帰ってこられる気がしない
号泣しなければ御の字だと思っている
それくらい特別な思い入れのある担当先訪問
辞めるということはこういうことなんだと、毎日突きつけられている
いつか思い出になって懐かしむ日が来るのだろうけれど
いまは先が見えない
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