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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

長崎原爆忌

今日は長崎に原爆が投下されて81年の日
広島の原爆ドームには何度も足を運んだが、長崎の浦上天主堂にはまだ一度も行ったことがない
大浦天主堂もまだ

父方の祖母が長崎(天草)の出身で、父方の叔母もいま住んでいるのだけれど、長崎や鹿児島(父の生まれ故郷)にはずっと縁がない
自分のルーツの半分なのに
ただ、故郷に縁遠くても、父方の血を引いているなと感じるときは多い
特に自分の信心に関しては

保育所から小学校低学年くらいまで、毎年夏休みになると岐阜の父方祖父母の家に2~3週間預けられた
普段母方の祖母が私の面倒を見てくれていたから、父なりに義母に気を遣って、長期休みの世話は実家の両親に頼んでいたのだと思う

祖父は軍人恩給を貰っていた
徴兵されたあと、そのまま志願して軍隊に残ったために軍人恩給をそれなりに貰っていた
軍人恩給は家計としては助かったのだろうけれど、祖父はいつも軍隊の記憶で苦しんでいた
夏休み、8月ジャーナリズムで戦争の話が繰り返される季節
いまと違って40年ほど前は、戦争の加害の歴史を取り上げた番組もよく組まれていた
だから祖父はその時期、高校野球ばかり見ていた
故郷の鹿児島県勢を応援していた
戦争の話、戦争のニュースが流れると、すぐにチャンネルが変わった
それでもたまに耐えきれなくなって、突然親鸞聖人の話をすることがあった
祖父の部屋には吉川英治の全集や親鸞の本が並んでいた
祖父は他力本願と悪人正機の教えに縋るしかなかった
南方から引き揚げてきたとき、彼は20代で法名を得たらしい
(結局、祖父が亡くなったとき生前の法名を探したけれど見つけられなくて、もう一度法名をいただいたんだけど)

祖父の影響が大きかったのだと思うけれど、大学の一般教養で「歎異抄を読む」という講義を受講した
他力本願の意味、悪人正機の(仏教的)特異性、そして弥陀の本願の解釈
それを大学の一般教養で軽く勉強した
私はその意味で、門徒でありながら門徒ではないのだと自認している
教団の教え、組織の解釈に染まる気がない信者だから

祖父の苦しみ、宗教に縋るしかなかった彼の絶望を近くで見た人間として、宗教の本質的な意味は彼のような人のためにこそあるのだろうと思う
宗教が社会から求められている役割は、苦しみや絶望を理解しやり過ごすための手段の提供なのではないのか(苦しみや絶望を乗り越えられるとは思えないし、だから言わない)
ある意味、認知行動療法の実践版とでも言えるかもしれない
苦しみの中に入っていけない説教、絶望を外からなぞるだけの法話に何の意味がある
そんなことを考える

長崎の地で禁教令に耐えて信仰を続けた人たちの上に、同じキリシタンから落とされた原子爆弾
その不条理を思うとき、こういった世の中の理不尽と向き合うためにこそ宗教はあるのではないのか?と強く思う

今も世界では、そして日本でも、不条理や理不尽がまかり通っている
声も出せないままに苦しんでいる人、声すら奪われた人がいる
宗教の役割がなくなったわけじゃない
宗教家といわれる人達が“宗教屋”になっているだけだ
信仰とは、教えとは、宗教とは、定まったものをただそのまま口伝する行為ではないはずだ


❝浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし❞
❝外儀のすがたはひとごとに 賢善精進現ぜしむ 貪瞋邪偽おおきゆえ 姧詐ももはし身にみてり❞
❝悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる❞

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