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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

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2026年10月29日木曜日

訪問

今日、いまの事務所になって初めて、担当先に訪問した
社会福祉法人のお客様に

本当は会計基準に従っていない処理をしていることとか、引っかかっている部分はあるのだけれど
長年、公益マネージャーが担当してきた法人さんで、その繋がりが強いこともわかるから、何も言わない方が良いんだろうな、と
監査で指摘されてからしか、変更をお願いできないだろうな、と
(監査で指摘されてからでは、事務所と所長・会長の名前に傷つけるから嫌だけど…仕方ない)

本当は…と思うことが多くて
でも私が言うべきなのかイチイチ迷わなければいけなくて
いまは止めよう、と飲み込むのだけれど
いったい、いつまで「いまは」と飲み込み続けなければいけないのか
先が見えなくて絶望する

これでお客様のための仕事をしていると言えるのだろうか?



残業時間も減って、本当なら体が楽になっていくはずなのに
実際には口内炎も次々できて、睡眠も浅くなっている
心のエネルギー切れ

事務所のなかでも
あまりにも暇だから、本当ならばここまで見なくて良いのにと思う処理まで眺めていたら、担当の人から「月次の見方として伝えておきますけど、そんなところは見なくて良いから」と釘刺されて
「だったら仕事よこせよ」って思うけど
私は所詮“できない奴”なので

やりがいのある仕事をして、忙しさで歯を食いしばるのは全然苦じゃないけれど
仕事も与えられず、自分なりにやっていることも何に繋がるか見えず、仕方なく時間を潰していたら苦言を呈され
そして何より、これまで長年にわたって、明らかに会計基準に反している処理を見つけても指摘することがためらわれる状況
私は何のためにこの事務所にいるんだろう?



とりあえず、家でExcelと向き合う
いまの事務所のためではなく
いつかの自分のために

そうでもしないと気でも狂いそうだ

『ぼくの地球を守って』の紫苑(ザイ=テス=シ=オン)を思い出す
月基地で9年間孤独に耐えて狂ってしまったキャラ
紫苑に比べればマシだなと思う
そうやって比較して、しんどさを誤魔化す
そうやってやり過ごす

大丈夫
いままでもやってきたこと
だから今度も大丈夫

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