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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

考える②

ツラツラ考えていたこと、その2
代替わりのこと

ここで書きたいのは、以前書いたお客様のことではない
うちの事務所のこと
正直、どこかでボスに伝えた方が良いのかもしれない...と悩んでいる部分


うちの事務所も代替わりを控えていて、それは事務所の職員全体がなんとなく感じていること
入って1年にもならないパートさんからですら「どうなるんですかね?」と聞かれたりするくらいに

ボスの、そして上長sや最古参の方の意志ははっきりしていて、間違いなく副所長が後継者
あの5人こそがうちの事務所のコアだから、そこで決まっていれば絶対だろ
私はそう理解しているのだけれど
所内では全く違う見方が結構流れている
(それとも誰かが意図して“流している”のか?)

多くの職員には鼎立しているように見えているのかもしれない
だから「後継者が誰か分からない」という言説が流れる
上長s + 役員、の誰が後継者なのだろう...?と
資格さえ取ってしまえば役員にもそのチャンスはあるよね?という声も聞く
或いは「副所長は役員の言いなりだから...」などと口さがなく言う人も

そういった“永田町権力の攻防”ごっこで遊んでいるのは、ほぼ女性陣
長くいる人ほど訳知り顔で話したがる
暇なのだろう
(だから嫌なんだよ、あの空気感...)


本物の「永田町権力の攻防」で例えるなら、KK戦争のときの宏池会を考えればいい
ボスが宮澤喜一、副所長が加藤紘一、そしてこっちにいる上長が河野洋平
んで?いったい誰が麻生太郎の役をやるんだい?
麻生太郎の役を演じられる人間はいない
河野洋平を担いで割って出ていく人はいない

或いは
かつて歌猫いろはさん(@kanekoiroha)が清和会をネタに書いてた話をもってきたら
『ガンダム』のジオンで、ボスはある意味ジオン・ズム・ダイクンのポジションにあるわけで
(まだ生きてるし現役だけど)
そうすると副所長は、キャスバル・レム・ダイクン=シャア・アズナブルになるだろう
んで?こっちの上長がギレン・ザビだとでも?あっちの上長がキシリア・ザビだとでも?
どう考えてもあり得ない


ボスも含めた上の人達を見ていて思う
代替わりはこうも難しいのか、と

私の思い過ごしかもしれないけれど
ボスはボスなりに、上長sに対して後ろめたさみたいなものがあるのではないか
縛り付けていることに対して
自分のわがままを聞いてもらっていることに対して

そしてこれも私の思い過ごしかもしれないけれど
上長sは上長sなりにいろいろと考えがあるのだろう
自分達でやりたい、動かしたいというだけでなく
できるだけボスの思い通りにさせたい、という温かな想いが

そして、そうやって上の人達が“優しさ”で譲り合った結果、空白地帯が生まれているのではないだろうか
勝手な言説が平気で流されるような空白地帯が

...これもまた私の勝手な推測だし、有休で暇だから考えたことなのだけれど

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