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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

誤解

いまは昼休みなのだけれど、吐き出さずにはいられないものがあるからこの記事をアップする

私は圧倒的強者に見えるのだろう
端から見れば、放っておいてもなんとかなる強者に思えるのだろう
外形だけ見れば恵まれているようにも見えるのだろう

当然、私とて他人の内面や人生・来し方を知らない
だから私も他人の外形しか見ていない

それでも…と思う自分がいる
私のような目に遭ってきた人間がどれほどいるというのか!と叫びたくなる

私は常に考えている
私はどうすればこの人生を避けられたのか?
どうすれば自宅で寝ている最中に誘拐されずに済んだのか?
どうすれば父親からあんな目に遭わずに済んだのか?
どうすれば残業後の職場であんな目に遭わずに済んだのか?
どうすればいまの職場で働き続けられたのか?

出てくる結論はいつも同じ
“私が私でなければ良かった”

そしてこんなことに頭を悩ませている器の小さな自分自身が嫌になる

認知の歪みだろう
被害者にありがちなフラッシュバック的な何かなのだとは分かっている
頭では理解している
ただ心が追いついていかないだけだ

そして心に浮かぶ衝動も、すべてはトラウマ発作的なものなのだと理解している
だから必死に抑え込むしかない
これがこれからも一生続く

外からどう見えているかは知らない

私は、人は、常に誤解され続けて生きていく生き物だから

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