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『桜とは何か 花の文化と「日本」』

 4月の読書記録・佐藤俊樹著『桜とは何か 花の文化と「日本」』 感想をまとめると以下の2点 1. 中国における花=「内なる内」としての牡丹、日本における花=「外なる内」としての桜、の対比は鮮やかであり説得的 2. 学問を学ぶということは、それがどれだけの苦痛を伴ったとしても、事実...

Running Forward

この間の日曜日、適当にテレビを流していたらイントロが聞こえてきて
それで気に入ってダウンロードした
Renの『Running Forward』

最近は本当に音楽聴かないから、全くアーティストが分からなくて
調べてみたら長渕剛の次男だった

メロディも歌詞も気に入ってるけど
何となく、ちょっとだけモヤる

こういうときにブルデューとか浮かべてしまう私は変態なんだろうなぁ
“ブラッドスポーツ”は競馬だけでお腹いっぱいなのよね
(それですらステイゴールド産駒みたいな変態馬達を愛でている時点で…)



私は戦後民主主義国家・日本が大好きだから
“最も成功した社会主義国家”と揶揄されようとも
だからこそ「遺産相続者」的ななにかには敏感になってしまう

決して豊かとはいえない家庭に生まれても公教育によって道が開かれていると信じられていた時代の、日本社会の“共同幻想”を、今でも信じたい人だから
そうでなければ
もしも生まれ落ちた瞬間に人生の上限が決められる社会ならば
……救われない

私は2つの家の格差を身を持って感じながら育った
だからこそ、戦後民主主義国家・日本が掲げていた“理想”に希望を持つしかなかった

父の両親は2人とも高等小学校卒業
祖父は進学したくてもできなくて、徴兵後に軍属として陸軍に留まった人
祖母は学校卒業後に東京の軍事工場まで出稼ぎに出されて、そこで空襲を経験した
5人兄弟のなかで大卒は父だけ
父方の従兄弟7人で私以外に大卒はいない(大学入学自体が私だけ)

母の父は(前にも書いたけど)開成中学から早稲田の英文に入学し、社会主義運動に手を出して特高に捕まり、養子先を勘当されて大学中退になった人
満州で何度か徴兵検査を受けたけれど、高齢(40歳過ぎ)と虚弱を理由に徴兵されずに終戦を迎えた
母方の祖母は土佐高女を卒業し代用教員を数年勤めたこともある人
母も5人兄弟だけど、4人が大卒
母方の従兄弟13人で大卒10人、大学中退3人

父方も母方も私にとっては大切なルーツ
でも2つの家を見比べたとき、終わったはずの大日本帝国時代の格差を意識せざるを得ない
そこにあるのは“能力”の差などではない
もっと無意識の差
当たり前に大学に入るものと考えている家庭と、大学になど入る必要はないと当然の如く考えている家庭の差
その差が、世代を超えて格差を再生産させているから

だからこそ
せめて制度や社会の理想だけは、全ての人に道を開いていてほしい

私がパブリックセクターに特別な思い入れを持つのにはそういった背景がある

私自身、銀の匙をくわえて生まれてきたとは思わないけれど
それでも周囲の無意識による抑圧によって道が閉ざされることはなかったから
(父はかなり私の進路について介入してきたけど)
(母方の伯父達の“血縁”という後ろ盾があったから押し切った)

家庭の事情で親もとを離れて過ごさなければいけない子どもたち
親の都合でさまざまな体験を諦めざるを得ない子どもたち
そういった子たちにも未来が開かれた社会であってほしいし、そういった社会にしたい

大阪の片隅でワチャワチャやってるだけのおばちゃんに何ができるかわからないけれど
できることを少しずつ1つずつ
















以前Blueskyに投稿した内容を転記しておく
これは男女平等について書いたのだけれど、社会を少しずつ前に進めるときの考え方は、いつだって同じだと思うから

“心が辛くなったら『さよーならまたいつか』を聴く
自分の立場を考える

「賽の河原に石を積む」という言葉がある
無駄な努力の例えと言われる
究極的な男女平等は望めないのかもしれない
無駄な努力かもしれない
それでも

石ですらない砂粒程度でも私に積めるものがあるのならば、賽の河原に積もう
例え鬼に踏み潰される運命だったとしても
いつかその砂粒の山が何かを形作ると信じて”
















追記(2026年9月23日)

なぜ私がこれほどまでにブルデューにこだわり、パブリックセクターや公教育に思い入れを持つのか考えている
23年前、母方祖母の葬儀の際、喪主であった一番上の伯父がこう挨拶した
「私たち家族は地域の皆さんのおかげでここまで来れました。皆さんがパンを買ってくださったおかげで、私達はこうやって立派になれました。皆さんの力がなければ私達はいまこうしてここにいません」と
私自身が“パン屋の孫娘”として地域の人達に見守られながら育った
叱られたり褒められたりしながら
両親は私のことを“使える手足”として、20年以上時代遅れな子育てをした
それに対する歯止めとなってくれたのが伯父達であり、地域の人達であり、そして高1のときの担任・上田守先生だった
核家族の閉じた世界だけしかなかったならば、いまの私はなかった

では私のような「社会関係資本」をもたない子どもたちはどうなるのだろうか?
誰が親の歯止めになってくれるのか?
私にとっての一番上や二番目の伯父のような存在がなければ、その子たちはどうなるのか

誰であっても、どんな境遇に生まれた子どもであっても守られてほしいと思う
そういう日本であってほしいと思う

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